『夕凪の街 桜の国』  監督:佐々部清

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原爆投下から13年が経過した広島の街。そこに暮らす平野皆実は、会社の同僚・打越から愛を告白される。しかし彼女には家族の命を奪い、自分が生き残った被爆体験が深い心の傷になっていた。その彼女の思いを打越は優しく包み込むが、やがて皆実には原爆症の症状が現れ始める。
(「夕凪の街」)

それから半世紀後、現代の東京に暮らす皆実の弟・旭は、家族に黙って広島への旅に出る。その父を心配する娘の七波は旭の後を追う内に、家族が背負ってきたものや自分自身のルーツに思いを馳せていく。
(「桜の国」)

 	
監督: 佐々部清		
原作: こうの史代『夕凪の街 桜の国』(角川文庫刊)
脚本: 国井桂・佐々部清
撮影: 坂江正明	
照明: 渡辺三雄	
美術: 若松孝市		
音楽: 村松崇継	
ハープ演奏:内田奈織	
 
出演

田中麗奈(石川七波)
麻生久美子(平野皆実)
吉沢悠(打越豊)
中越典子(利根東子)
伊崎充則(石川旭・青年時代)
金井勇太(石川凪生)
藤村志保(平野フジミ)
堺正章(石川旭)


昨年の個人的『2006年私的ノンミステリベスト10』で恩田さんの『チョコレートコスモス』を差し置いて一位に挙げさせて頂いた、こうの史代さんの漫画『夕凪の街 桜の国』を見てきました。

原作は第9回手塚治虫文化賞新生賞、第8回文化庁メディア芸術祭大賞受賞作品など数々の賞に輝いた傑作漫画。
僕自身も大変に感銘を受けた作品なだけに、『半落ち』『出口のない海』で手堅い仕事振りを披露している佐々部監督とはいえちょっと不安もあったのですが・・・

いやあ、良かった。
映画のいろんな場面で号泣してしまいました。
原作の淡々とした中に浮かびあがる残酷さとちがい、劇場映画と言うことで情感豊かな仕上がりになっているという違いはあるものの(この辺はメディアが違いますからね)、原作のテイストを非常に大切にした映画になっていました。

原作、特に『夕凪の街』で皆実の言葉で語られる数々のモノローグ。
原爆の悲劇から生き残ったゆえに幸せになることを拒否してしまう。
彼女の心に巣食った思い、

わかっているのは「死ねばいい」とだれかに思われたこと
思われたのに生き延びているということ
そしていちばん怖いのはあれ以来本当にそう思われても仕方のない人間に
自分がなってしまったことに
自分で時々気づいてしまうことだ

たとえどれほど時間が過ぎようとも、そして言葉には出さなくとも、永遠に消え去らない8月6日の光景。
この映画の良かった点は、これらの主人公の言葉を過剰に演出することなく、皆実を演じる麻生久美子の演技に託したことだ。
そして麻生久美子もまた最高の演技で表現している。
彼女のちょっとした仕草、息遣いに僕達は心を振るわされる。

それから13年、そんな彼女が出会った男性。彼女の苦悩をしりそれでもなお受け止めようとする。
しかし、前向きに生きようとする主人公を再び襲う原爆の後遺症・・・。

最後に皆実が呟く、

嬉しい?
10年経ったけど、原爆を落とした人はわたしを見て、
「やった!またひとり殺せた!」
と、ちゃんと思うてくれとる?

というモノローグ。
パンフレットでは原爆投下を正当化する人に対しての強烈な皮肉と解説してあった。
もちろんそういった側面もあるだろう。しかしながら、僕は彼女自身の受け入れざるを得なかった人生を彼女自身が正当化した言葉であり、そんな人生を正当化しなければならなかった彼女の人生を作ってしまった原爆の悲劇性が込められているような気がした。

それから50年。舞台は現代に飛ぶ。
皆実の弟、旭の極秘の広島行をその娘、七波は13年ぶりに出会った小学校時代の友人東子と共に追う。
その中で彼女は被爆者である両親、そして夫や娘達を失いながらもなお生き続けばならなかった祖母の思いを感じ取る。
そしてそれは七波自身、あるいは弟の凪生の人生ともオーバーラップしてくる。
この現在の「桜の国」パートに関していえば、カット割の平凡さや映画的な表現をせざるを得ない部分もあり、「夕凪の街」に比べ若干出来が落ちる部分もある。
しかし原爆の放射能を浴びた本人だけではなく、その子供、あるいは孫にまで影響を及ぼしている悲しさは切々と伝わってきた。

原爆で多くの家族の死を看取ってきた父・旭、そしてまた違ったかたちでその運命に向かわなければならない弟・凪生、そして彼らとともに行き続ける七波。
彼らの姿は決して他人事ではない。もしかしたら自分自身にも帰ってくる問題かもしれない。

原爆の姿を、新たな視点で描くことに成功した原作。その思いを真摯に受け止めた映画。
その両方の冒頭を飾るのがこの言葉である。

広島のある
日本のある
この世界を
愛するすべての人々へ

映画の完成度からいえば決して最良ではないかもしれない。
それでも、原作の漫画とともに多くの人々に見てもらい、そして語り継いでいってもらいたい映画だと思う。


映画公式サイト  http://www.yunagi-sakura.jp/