『贋作『坊ちゃん』殺人事件』(☆4.2) 著者:柳広司



東京に戻った三年後、"おれ(坊っちゃん)"は、山嵐から赤シャツの死を知らされる。真相を求め、再び四国へ向かう二人だが…。
漱石作品に浮かび上がるもう一つの物語。
第12回朝日新人文学賞受賞作。

amazonより

これは相当にユニークな小説です。
長編デビュー作『黄金の灰』ではあのシュリーマンを探偵役にするという試みを見せてくれましたが、今回の探偵はあの夏目漱石の代表作にして不動の新潮100選(笑)『坊ちゃん』の主人公、その名も坊ちゃん(笑)。

物語は坊ちゃんが松山を飛び出してから、3年。東京で邂逅した山嵐からあの赤シャツが自殺したと聞き、その真相を調べる為、再び彼の地を踏むところから始まります。
基本的に漱石の原典がある訳で、本編もそれを意識した文体模写が使用されてます。
これが中々に堂に入ってます。特に前半部分はいかにも漱石の描いた坊ちゃんが言いそうな台詞(独白)のオンパレード。後半の解決部分のあたりはさすがに崩れてしまったのものの、文体模写をしなければいけないという大前提をまっとうしています。

そう、この小説は『坊ちゃん』の文体模写をしないことには始まらない小説なのです。
ではなぜ『坊ちゃん』の文体模写をしなければならないのか。

なぜなら、極論としてミステリでいう部分の問題編が漱石『坊ちゃん』であり、解決編が柳『贋作~』という構造を構築しているからなのです。

つまりは、原典である漱石の『坊ちゃん』のテキストの中に、事件の真相を散りばめたヒントが隠されているという手法なのです。
ミステリ好きな人に分かり易く例えるならば、この『贋作~』は漱石『坊ちゃん』が叙述トリック小説であるという架空の前提を建てる事によって成立するのです。

日本文学史上に残る傑作をそのままミステリ小説の一部に取り込む、なんという冒険なんでしょう。
しかも著者はそれをかくも自然に成立させているのです。
漱石『坊ちゃん』を彩る数々のエピソードの裏に著者は数々の隠された真相を作り出し、そこから一つの真実をあぶりだしていきます。

実際作者が作り出した真相というのは、時代背景的なものはきちんと踏まえているものの、やや性急すぎ稚拙とも感じるかもしれません。正直かなりの失速感はあります^^;;
ただその点を差し引いたとしても、かなりの驚きをもたらした著者のこの手法は賞賛したい。

もし漱石『坊ちゃん』を読んだ人ならば、ぜひこの小説を読んで下さい。
あなたの前に、同じ場所・同じ瞬間に繰り広げられた、もう一つの『坊ちゃん』の物語を読むことが出来るのですから。

最後に一言。

この小説を読む前に、必ず漱石『坊ちゃん』を読んでください。


それを前提に書かれてる小説ですし、そうしないとこの小説の面白さは半減しますから。。。


採点  4.2