『帝都衛星軌道』(☆2.8) 著者:島田荘司

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息子が誘拐された。犯人は身代金の受け渡し場所に山手線車内を指定してきた。事件の裏に潜む衝撃の真実とは…。表題作を含む2作を収めた緊迫感あふれる傑作ミステリ決定版。 Yahoo紹介

 

今、島田荘司が書きたいものを書いたとしたらこういう小説なんだろうと思わされましたね。

 

詳しい粗筋はあまりす先生の記事が詳しいのですが、大雑把にいうと平凡な家庭の子供が誘拐されます。
身代金の運び手に指名された妻は犯人の指示通り山手線に乗り込む。対する警察も万全の態勢を敷き犯人逮捕に挑みましたが、綿密に計算された犯人の作戦に振り回せれ、母親を見失ってしまいます。そして事件は意外な方向に進む。誘拐された子供は無事保護されたものの、その手には渡したはずの身代金が握らされ、さらには犯人とともに妻が失踪してしまう。この不可解な誘拐事件の裏に隠された真相とは・・・。

 

以上がメインの「帝都衛星軌道」のストーリー。これが前編後編に分かれており、その間にあるホームレスの生活を描いた「ジャングルの虫たち」が挿入されています。
事件の導入部そのものは最近の島田作品の中でも一番ワクワクしましたね。不可解な誘拐事件、指示を出す犯人の所在、消えた妻の謎。現実的な事件の中に不可思議な謎がうまく混在してた思います。

 

そして事件が一区切りしたところで、続けて「ジャングルの虫たち」を読み始める・・・・ホームレスの男の視点でいろいろな寸借詐欺の方法が語られる訳だが、これはいまさらという感がしないでもないネタばかり。それなりには面白く読めるのですが、ラストでとってつけたような(いちおう「帝都衛星軌道」の伏線にはなってますが)幻想世界と、著者による一面的な決めつけの視点で物語は閉じられてしまう。

 

そして、再び物語は「帝都衛星軌道」に戻るわけですが、読み終えて間に「ジャングルの虫たち」を挟む必要があったのだろうか、という部分で疑問に感じてしまった。近年の島田作品はこのように物語の中に物語を組み込み、本編への伏線とする傾向が多かったが、過去の作品もその多くにおいて、その手法が必ずしも有機的な効果を生まずイビツに浮き上がってしまう事の方が多かったと思っています。
その中でも本書はその有機性において、もっとも効果が薄いのはないでしょうか。たったひとつの事柄においての伏線にしか感じられませんでしたし、その伏線も本編で十分に察せられるものだと思います。これだったら、普通に並べて収録したほうがよかったのではないでしょうか。

 

さらに後編において事件の真相が語られる中、唐突に東京という街に関する都市論が語られます。これがあまりに唐突にさらには熱っぽく語られてしまうせいで、本編における動機の部分がかなりおざなりになってしまっていると思います。さらには死刑廃止や冤罪論、さらには日本人論という近年著者が主題に据えていたものが組み込まれるにいたって、物語としてのイビツさのみが前面に出て来てしまってるのではないでしょうか。
またそれらの主題の表現には、著者の評論活動においてしばしば指摘される、一面的な知識のみで結論を組み立てそれを正解だと決め付けてしまう独善的な部分が感じられてしまい、正直読んでて興ざめしてしまいました。

 

最初に述べたように、謎の提起に関してはかなり期待させられただけに、物語が作者の主張のみに偏ってしまったのが残念でした。さらにいえば、犯人が使った連絡手段に関しては東京を管轄する警視庁だからこそ、普通にその可能性に気付くのではと思いました。

 

この本の帯には、「正直いって自信作です」という著者の言葉がデカデカと印刷されています。確かに著者の主張があますことなく盛り込まれてる事に関しては自信があったのだとは思いますが、小説という形式で発表されるにはかなり難点があったと思います。

 

採点   2.8

(2006.7.2 ブログ再録)