たいりょうのちょっと一息

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『龍臥亭事件』(☆3.4) 著者:島田荘司

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上巻
御手洗潔が日本を去って一年半、横浜馬車道に住む御手洗の友人で推理作家の石岡のもとに、二宮佳世という若い女性が訪れ、「悪霊祓いに岡山県の山奥に一緒に行ってほしい」と言う。なんとその理由は、大きな樹の根もとに埋められた人間の手首を掘り出すためだった…。三月末、石岡と佳世は、霊の導くままに、姫新線の寂しい駅に降り、山中に分け入り、龍臥亭という奇怪な旅館にたどり着いた。これが、身の毛もよだつ、おぞましい、不可解な大量連続殺人事件に遭遇する幕開きだった。

下巻
石岡は岡山の村での大量連続殺人事件をノルウェーにいる御手洗に書き送り指示を仰いだが、彼からは「リユウコワセ」という意味不明の電報が来ただけだった。犠牲者はさらに増え、合同葬を行なう会場から遺体が盗まれ、バラバラにされて発見されたり、山奥の霧に包まれた村は地獄絵の様相に…。村人たちは村の業とか因縁とか言うが、この村にいったい何があったのか。言い知れぬ恐怖が支配する深夜、伝説の男・都井睦夫の亡霊が現われた…。都井睦夫による三十人殺しとは。平成の現代に甦る昭和史の残忍な悪意とは。御手洗潔の友人・石岡和己が解き明かす五十数年に及ぶ壮大な謎とトリック。驚愕の結末。ファン待望の傑作巨編。

Amazon紹介より

 

なかなか興味深い小説ですね。何が興味深いって、石岡が突然探偵に覚醒しちゃうんですもん。
雰囲気もなんだか久しぶりに古きよき時代のミステリーといった感じだし。
ちなみに横溝の『八つ墓村』のモチーフになった「津山30人殺し」が、この作品でもモデルとして使われています。

内容としては、前半不可思議な状況で起こる殺人事件とその因縁を探るお話、中盤でこの時期の御手洗シリーズでおなじみの伝記(?)、後半は解決編となってます。特に中盤の都井睦雄伝は、小説の構造から妙に浮いてると感じさせるぐらい気合は入ってますね。

でも、実はこの伝記部分が島田氏の本格ミステリー論と較べると興味深かったりします。
この伝記部分で語られる部分は明らかに昭和初期の寒村における因習の問題提起であり、またそれに付随して記されている「阿部定事件」をはじめとする当時多発した猟奇事件と時代背景に関する考察となっており、その部分が事件の動機に関わってきます。一般的な意見は分かりませんが、僕の私見ではこの部分は明らかに社会派のスタンスだと思います。

それまでの作品において多少の例外はあるにせよ、島田氏は主に通子シリーズ以外の吉敷物では社会派推理小説、御手洗シリーズでは本格ミステリー小説の枠組みで書いていると印象があります。これは、かつて著者が「本格ミステリー宣言」の中で、この二つのジャンルは違う礎の元で発生したジャンルであり、本来まったく別のものと考えるべきである」という持論における部分に発生しているものと想像できます。

著者は、もし本格ミステリーの中で社会派の定義(島田氏曰くリアリズムに発生した推理小説)をとりこむのであれば、確信的でなければならないと語っており、この作品のひとつの要素として、意図的に本格と社会派の融合を狙っているのではないかと推察できます。

では、この部分が成功したかというと微妙だなというのが僕の感想です。伝記で語られる事件が現在の連続殺人の動機として深く関わってくるのですが、説得力という部分では明らかに弱いです。この動機で殺人を続ける犯人は、正直ちょっと設定として無理があるのではないかと。同ケースとして、『奇想、天を動かす』がありますが、あちらも動機という部分では若干の弱さがあるものの、犯人自身が体験した過去のエピソードに端を発している分まだ共感は出来なくても、理解は出来ます。
ただ、この作品では伝記の部分があまりにも現在の部分と隔離している分だけ、作品の構造そのものにプラス要因として働いていると思えませんでした。はからずも、島田氏の持論をみずからが悪い意味で証明してしまった感があります。

また、「本格ミステリー論」や綾辻氏との対談の中で、島田氏は本格ミステリーの構成要素として、第1に「幻想味ある、強烈な魅力を有する謎を冒頭付近に示すこと、第2に「解決部分における推理の論理性、それも徹底した客観性、万人性、日常性がある方が好ましい」としており、その落差が大きければ大きいほど、本格ミステリーの面白さにつながっていくとしています。

綾辻氏などはこの意見に異論を唱えていますが、この小説の中ではこの方法論に基づいて構成されています。序盤で登場する不可解な殺人の数々や装飾された死体は魅力的な謎と幻想的風景を有しており、読者を引き付けるという意味では島田氏の著作の中でもトップクラスだと思います。また、それが最後にすべて論理的に解決される手腕も、お手伝いの女の子が射殺されるトリックあたりに多少の無理はあるものの、概ね現実的な路線に辿っていると思います。

ではこれが、この作品の面白さにつながっているかというと僕はどうしてもそう思えませんでした。前半提示される謎と後半の論理的な解決の落差が、そのまま作品の面白さの落差となって出てきたような気がします。これはやはり中盤の伝記部分の小説の中における要素が完全に本格の部分から遊離してしまった事に原因がありますし、それにより前半と後半の落差を結びつける線(この小説でいうと動機になるんでしょうか)が、完全に寸断されてしまっているからだと思います。
そういう意味では、少なくともこの小説においては図らずも著者自身の「本格ミステリー論」の危うさを示してしまったといえるのではないでしょうか。

とはいっても、近年の本格ミステリーの中では、割合と王道的作品ですし、後半の瑕も前半の謎の提示と中盤の伝記部分の面白さでそれなりに補っていると思いますし、十分面白い小説だと思います。特に、到着時に石岡君が目撃した殺人事件の真相は捻りが利いてて僕は好きでしたね~。

(2005.11.21 ブログ再録)