『さよならの手口』(☆4.7) 著者:若竹七海

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 探偵を休業し、ミステリ専門店でバイト中の葉村晶は、古本引取りの際に白骨死体を発見して負傷。入院した病院で同室の元女優の芦原吹雪から、二十年前に家出した娘の安否についての調査を依頼される。かつて娘の行方を捜した探偵は失踪していた―。有能だが不運な女探偵・葉村晶が文庫書下ろしで帰ってきた!

Amazonより

 葉村晶長編第2弾。
 ハードボイルド小説の探偵(主人公)が不運である必要があるのかどうかは分からないが、相変わらず葉村晶は不運である。古本の回収調査に行って本の雪崩に巻き込まれて頭蓋骨に頭突き、さらにはカビを吸いすぎて肺を痛めるなんて、なかなかいないだろう。

 そんな不運に見舞われ入院した葉村のもとに、がん末期の往年の名女優から行方不明になった娘を探して欲しい、と依頼がある。探偵休業中、ミステリ専門店でバイト中だが、諸事情もあり、引き受ける事になる。その調査の過程で他の事件、相談事にも巻き込まれていく。

 これまでの読書歴の中でハードボイルドというジャンルはなぜかあまり通ってなかったので、その視点では語るには自信が無いが、どんな不幸に襲われても依頼に立ち向かう強さと、一方で人間としての弱さであったり、感情を爆発させる人間臭さを併せ持つ葉村晶のキャラクターは、ハードボイルド小説の探偵として、まっとうなキャラクターなんだろうと思う。

 自分から事件に入り込んでいくとうというよりも、結果として自ら不運を背負い込み引きずられていく姿はリアリティに溢れている。複数の事件が複雑に絡み合っていく展開、狂気すぎる登場人物のキャラクターなんかは、さすがにそうそう現実には起こらんだろうという感じではあるが、一方で一つ一つのエピソードで見せる登場人物の感情が簡潔かつ丁寧に描かれているし、類型的でありながら、あんがいと油断していると自分の上にも降り掛かってきそうだな、と思わせる。

 初登場から長い月日を経る中で、葉村もそしてそれを取り巻く環境も大きく変わっている。探偵の求められる仕事は変わらなくても、その背景にあるもの、リアルと感じる基準というのは、現実に大きく変わってきていると思う。
 主となる行方不明調査とそこにまつわる家族の悲劇、サスペンス調の結末に自分の行動の無力さを感じる姿こそ、ハードボイルド小説の王道的な展開だと思うが、小説を支えるいくつかのサブストーリ的なエピソード、特に偶然出会い一緒にシェアハウスで暮らすことになった女性を巡る顛末なんかは、逆に昔だったら感じなかった現代のリアルじゃないかなんて思う。そういった意味ではハードボイルドの一面である社会を巡る問題もきちんと小説の中に内包している。

 また、そんなハードボイルド的な部分だけでなく、作中様々な伏線が張られたうえに、解説でも語られているように、これだけでもう何冊か小説ができるんじゃないかというネタをきちんと整理して、なおかつ犯人が想像できたとしても容易に結末を想像させない展開には、最後までワクワクした。

 そして、作中のもう一つの楽しみでも合った、ミステリオタク向け(?)の小ネタの使い方の旨さ。作中登場する実在の小説だけでなく、実際の人物をモデルにしたミステリ専門店を舞台にした内輪ネタ的な部分は、重めの作品の中で一服の清涼剤になる。

 とにかく、本筋とサイドストーリーがそれ自体は直接お互いに絡んでない部分もあるのに、読み終わってみると、一つの小説としてそれぞれのエピソードが離れがたく結びついている。そういった意味ではジャンルの枠に囚われない贅沢すぎる小説だと思う。




採点  ☆4.7