『7人の名探偵 新本格30周年記念アンソロジー』(☆3.2)

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 テーマは「名探偵」。
 新本格ミステリブームを牽引したレジェンド作家による書き下ろしミステリ競演。ファン垂涎のアンソロジーが誕生! 
 綾辻行人「仮題・ぬえの密室」 歌野晶午「天才少年の見た夢は」 法月綸太郎「あべこべの遺書」 有栖川有栖「船長が死んだ夜」 我孫子武丸「プロジェクト:シャーロック」 山口雅也毒饅頭怖い 推理の一問題」 麻耶雄嵩「水曜日と金曜日が嫌い --大鏡家殺人事件--」


Amazonより

 十角館から30年。新本格30周年を記念して編まれたアンソロジー集の一冊。

 名探偵をテーマに、新本格の黎明期を考えると誰も外せない、新本格ファンからすると豪華すぎるメンバーが揃っている。
 デビューの時期、その作品を見てみると、

綾辻 行人  1987年9月、『十角館の殺人
歌野 晶午  1988年9月、『長い家の殺人』
法月 綸太郎 1988年10月、『密閉教室』
有栖川 有栖 1989年1月、『月光ゲーム』
我孫子 武丸 1989年3月、『8の殺人』
山口 雅也  1989年10月、『生ける屍の死』
麻耶 雄嵩  1991年5月、『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』

 おお、色々と濃い(笑)。綾辻さんのデビューからの4年の間に世代を代表する作家さんが誕生してたわけで、そう考えると幸せな時代だったなぁ、と改めて感じます。デビュー順を見て以外だったのが、法月さんの前に歌野さん、我孫子さんの前に有栖川さんがデビューしていた事。京大三羽カラスと言われ(てましたよね)綾辻、法月、我孫子の三名が最初にデビューしてと、その後にと思ってました。リアルタイムで読んだのは『生ける屍の死』以降の作品だと思うのですが、記憶ってやっぱり曖昧なもんですね〜。



麻耶雄嵩『水曜日と金曜日が嫌い --大鏡家殺人事件--』

 小栗虫太郎さんの『黒死館殺人事件』を彷彿させる設定(門外不出の弦楽四重奏やら、冒頭の詩だったり、探偵がアレだったり)の中に、初期の麻耶作品がブレンドされてるといった感じ。麻耶さん自身がどこまで虫太郎の影響を受けているかは不明(むしろ古野まほろ作品の方がそれっぽい)ですけど、ある程度のオマージュを捧げてるのでしょうか。
 事件は消えた死体であったり、密室だったりと、名探偵が必要なお約束を踏んでいるんですが、じゃあその推理が斬れ味鋭いかというと、色々とツッコミどころを感じるし、出来が良いとは思えない。印象に残るのは、やっぱり不幸な美袋君というところでしょうか。
 そしてタイトルの意味ねぇ・・・なんなんだろう。最初はドレミファソラシド・・・→イロハニホヘトイ・・・→月火水木金土日月・・→と、水曜日=ハ音=ヴィオラ・パートとしてとも考えたのですが、とすると金=ホ音になるけど、そもそもホ音ってあまり聞かないし担当パートも不明、、じゃあ聖金曜日と灰水曜日がなにか関係があるのかというとよく分からなかったし。誰か教えてください・・・。


山口雅也毒饅頭怖い 推理の一問題』

 落語の『饅頭こわい』を下敷きにした遺産相続ものと言うような作品。近年落語とミステリを融合させた作品集も発表した(未読ですが)著者の中ではホットなテーマかもしれないですね。でもどうせ名探偵という括りなら、キッドの短編が読みたかったなぁ・・。
 まぁ、その分作中に有名な名奉行や岡っ引き達、銭形平次や人形佐七、顎十郎と言った名前を出してくる遊び心は好きでした。作品のどこかふざけた雰囲気にも合ってましたしね。証言者の誰が嘘をついているか、というのは、ミステリに限らず脳トレなんかでもありそうですが、それを解くための前提が少し弱く一部の消去法が強引すぎると感じたのは自分だけでしょうか。
 最後の最後のダジャレは、もう落語の流れとしてのお約束ということで、もう何も言うことはありません(笑)


我孫子武丸『プロジェクト:シャーロック』
 
 近未来の設定、AIに置ける名探偵の作られる過程が延々と続いていき・・・。設定としては近い将来ありえそう。なにしろチェスにせよ、囲碁にせよ、将棋にせよ、AIが人間を越えていってきているのは確かですしね。新本格黎明期の中でいち早く小説以外のメディアに進出(「かまいたちの夜」シリーズ)した我孫子さんらしい探偵像の行き着く先の一つが、この小説のようなAI探偵なのかもしれないですね。

 さて、読みながらこの短編がどういう風に展開していくのだろう、エッセイ風味に終わるのかな、と思っていたら、ほほうなるほどそういう事になるのですね。そうだよな〜、シャーロックが出来るならそうなるような〜。でもこれが現実になったら本当にちょっと怖い。しかも作品の流れから遠くない未来に実際にできそうなのが怖い。
 ミステリとか名探偵ということを考えると、変化球な作品ですが、地味に面白かったなあ。あ、そういえばメディア進出といえば、綾辻さんの「YAKATA」っていうのがありましたよね。やったことがある人を聞いたことがないんですが、どうだったのかなぁ・・。


有栖川有栖『船長が死んだ夜』

 フィールドワークの帰路、火村とアリスは山村で起きた殺人事件に偶然出会う。一見地味な事件ながら決め手を欠く捜査状況に、火村の推理が冴える。
 もしかしたら今回参加した作家の中で、今一番安定している人かもしれません。他の作家さんに較べて新作のペースが早いというのもあるし、火村シリーズがドラマ化されたからというのもあるからそう感じるのかもしれませんが。

 そんな有栖川さん、シリーズ探偵は何人かいますが、その代表格は学生アリスシリーズの江神さん、そして作家アリスシリーズの火村さん。初期からのファンは前者の新作をと渇望する人が多い(私もその一人)ですが、人気としては作品数の違いもあって後者だと思うし、短編向きでもあるという事で、今回の火村さんの登場は納得です。
 現場からなぜか無くなったいたポスターから犯人を絞り込んでいくロジックは、収録作の中でも1,2を争うかも。推理だけでなく、登場人物の言動もヒントになっていたり、物語全体の展開の仕方やラストの印象的な閉じ方も含めて、やっぱり短編慣れしてるなぁ。


法月綸太郎『あべこべの遺書』

 著者の名前が名探偵と一緒、これは新本格以降の作家の中では殆どいないんじゃないんでしょうか。長いミステリの歴史の中でもエラリィ・クイーンの印象が強くて他の人が霞んでいる。そんな設定を使ったところにクイーンへの愛情を感じるのは私だけ?
 別々の場所で起きた2つの変死事件。死んだ場所はお互いの家、残された遺書もお互いの物。どうにもこうにもチグハグな事件について、父法月警視から相談を受けた綸太郎の出した答えは、、、。
 チグハグな現場の状況やパズルのような推理の展開に混乱しそうになるところは、小粒ながら本家クイーンの国名シリーズのアレやアレを思い出しますが、この短編の肝はあくまで推理ゲームの延長上にあるという事。決定的な証拠が無い中で綸太郎の推理を裏付けるには、死者の証言が必要な状況。でもそんな事が出来るわけがない。だからどんな推理をしようとも、別に問題はない。ラスト2ページの冷蔵庫のところなんかは、この設定じゃないと、名探偵の推理としてもちょっとどうなのよ〜、となってしまう。

 ちょっとした遊び心を楽しめる一方で、もしかしたらこれはいわゆる後期クイーン問題を下敷きにしたある種のパロディなのでは、とも感じてしまいました。短い分量の中で色々な要素を詰め込むところなんかは、有栖川さんと同じで法月さんも短編慣れはしてるな〜、と改めて思います。


歌野晶午「天才少年の見た夢は」

 初期の頃の荒削りなトリックメーカーぶりの頃は、文章が書けてない批判を結構受けてた気がする歌野さん。そこから様々な作風を発表していくなかで、そのバラエティぶりは新本格系の作家の中でも屈指だと思います。
 この作品もまた近未来的な設定、地上で戦争が繰り広げられる中、選ばれしアカデミーの地下シェルターで暮らしていした天才たちが次々と殺されていく。地下シェルターには天才探偵もいるが、肝心な時に深い眠るに落ちている。果たして隔離された天才たちは真相に辿り着けるのか。

 色々と収録作の別の作品と比較されてしまうかもしれないけれど、ミステリとしての面白さ、意外性の部分ではこちらの方が上だろうと思う。隔離された天才達の人数、連続殺人の数も含めて、長編になりそうな展開をとことん省略して描く事が、ある意味最後に明らかになる真相の目眩ましになっていると思う。これを長編にしてしまうと、最後の部分が途中で分かってしまう気がするので、これはこれで短編として発表されて良かったんだろうと思う。好き嫌いはともかく、短編である必然性に溢れた作品だと思う。


綾辻行人『仮題・ぬえの密室』

 大トリを飾るのはやっぱり綾辻さん。この人がいなかったら、新本格は生まれていたのか、生まれていたとしてももっと遅かったのではないのか、という意味で、本格ミステリの歴史に燦然と輝く存在だと思います。そんな巨匠が書いたのは、ミステリ小説というよりはエッセイ(笑)。いや「どんど橋落ちた」の系譜の作品といえなくもないですけど、読む方としてはエッセイとして読んだ方が面白い気がします。
 綾辻さんを生んだ京大ミステリ研究会名物の犯人当て小説企画。かつてそこで発表されたであろう「すごい犯人当て」小説の噂。当時在籍していたはずの綾辻、法月、我孫子、小野(不由美)の面々は、それが誰が書いたどんな小説だったのか、酒を飲みながら思い出そうとする・・。

 綾辻さんの名探偵といえば、館シリーズのあの人や、双子探偵のあの人?と思いますが、作中人物としての綾辻さんが言うとおり、名探偵縛りのこのノベルズには向かないかな、と僕も思います。登場する作家たちのキャラクターは本当にリアルなものなのか、我孫子さん達に結構ボロクソに言われる麻耶さんのキャラクター、BGM付きの我孫子さんの犯人当て、のちにシリーズ作品の一つとして発表された作品の原案ともいえる法月さんの犯人当てなど、色々と興味深いなぁと思うことばかり。
 でも一番ファンにとってワクワクしたのは、「すごい犯人当て」が幻になってしまったかの鍵を握るある人物の存在。ファンには感涙モノの大サービスというか、多分読んだ人の殆どがホントであって欲しいエピソードな訳で、これだけでももう十分。
 名探偵という括りからすると、反則投球気味だと思うのですが、読んでて一番面白かったはとにもかくにもファンだからでしょうか。



 名を連ねた作家の面子からいうと、アンソロジー集としては物足りないかなと思うところが多いです。どの作品も堅実で手堅いのだけれど、「謎の館へようこそ 白・黒」に収録された荒削りだけどキラリと光る作品は無かったように思う。
 だからといって、このメンバーの新作はいつまでも待っていたい。それは多分自分の青春に1ページだから。

最後に自分の中での収録作の順位。

1.綾辻行人『仮題・ぬえの密室』
2.法月綸太郎『あべこべの遺書』
3.歌野晶午「天才少年の見た夢は」 
4.麻耶雄嵩『水曜日と金曜日が嫌い --大鏡家殺人事件--』
5.我孫子武丸『プロジェクト:シャーロック』
6.有栖川有栖『船長が死んだ夜』
7.山口雅也毒饅頭怖い 推理の一問題』 
 

採点  ☆3.2