『静かな炎天』(☆4.0)  著者:若竹七海

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ひき逃げで息子に重傷を負わせた男の素行調査。疎遠になっている従妹の消息。依頼が順調に解決する真夏の日。晶はある疑問を抱く(「静かな炎天」)。イブのイベントの目玉である初版サイン本を入手するため、翻弄される晶の過酷な一日(「聖夜プラス1」)。タフで不運な女探偵・葉村晶の魅力満載の短編集。

Amazonより

 葉村晶シリーズ久しぶりの短編集。日本一不運な女探偵である彼女も、作中では四十肩に悩まされる。男勝りのタフさで時には命さえ、という状況すら乗り越えてきた彼女にも年齢の波は忍び寄ってきている。
 そういえば、去年体調を崩して入院する前後から目がかすみ始め、退院後メガネ屋に行ったら老眼です、と宣告。老眼って40にならなくてもなるのかよ!!って思ったなぁ・・。

 さて、今作でも不運としか言いようのない事に巻き込まれていく葉村さん、とはいっても過去2作の長編のように、不運と言うにはハードすぎるという事もなく、むしろ小さい(どうしようもない?)不運が続き振り回される展開に、時としてクスッとしてしまう。長編の時は自分から不運を呼び込んでしまったようなところもあったが、今回は本当に不運としかいいようのない、巻き込まれ型事件の連続という意味では、不運に磨きがかかっているのかもしれないけど。

 そしてこの作品のもう一つの魅力が、葉村さんのバイト先でもある「MURDER BEAR BOOKSHOP」である。「白熊探偵社」のオーナーでもある店長の富山さんの濃すぎるキャラクター、毎度毎度なんだか楽しそうなミステリ・フェアとテーマに纏わる薀蓄・・。実際にモデルの店があったのだけれども、ああ、行きたかったなぁ、とこの本を読む度に思わされる。
 探偵小説としてのハードボイルド的な苦い内容と対極的な、時にはコージー・ミステリを思わせるユーモラスな雰囲気があるのはこの店の存在があるからだろう。両者のバランスを楽しむ為には、短編の方がバランスがいいのかなぁ、と思わせるぐらい、小説としての完成度は高いと思う。

「青い影」
・たまたま目撃した事故の遺族から依頼された遺留品探し。事件の裏には連続窃盗犯の存在が?

 葉村さんが事件と関わるキッカケとなった車の暴走事件。その原因が近年よく話題に上る病気だったりするあたりにタイムリー性がある。さらには空き巣の手法だったり、警察との絡みの件など、収録作の中では比較的探偵っぽい葉村さんが楽しめる。途中で出て来たお菓子に纏わるエピソードが、ラストにしっかり生かされてるのも上手いなぁ、と思う。

「静かな炎天」
・幾つもの依頼が立て続けに舞い込む、順調に解決していく。そこには隠れたもう一つの事情があって・・・。

 事件の依頼が続いて、なおかつほとんど時間も掛からず解決していく。そんな展開に葉村さんは運が巡ってきたと喜んでいるが、調査が短く済むとそれだけ調査費も安くなり、収入も減る。これはこれで案外と不運なのかもしれない。でも、この短編では、もう一人葉村さん以上に不幸な人が登場する。ラストの一行こそ、この人物の偽らざる本音なんだろう。

「熱海ブライトン・ロック」
・突然失踪した小説家。ミステリ・フェアの一環として失踪事件の謎を探ることになった葉村さん。だが、関係者はクセのある人物ばかりで・・・。

 うーん、やっぱり葉村さんは不運だ。こんなクセ有り過ぎの関係者ばかりに巡り合うなんて。しょっぱなの電波系UFO信者である不動産屋も大概相手をして疲れそうだが、その後調査に訪れた関係者の部屋(倉庫?)に比べたら可愛いものである。なにしろ空間を取り囲むケースの中には台所でお馴染みの黒くて光る憎いやつに溢れているのだ。そりゃあ、「あぐぉぎゃうえっっっ」と叫びたくなるというもんだ。そんな恐怖の部屋で相手の言葉に心でツッコむ葉村さん、申し訳ないがユーモラスである。でもこのエピソードの中で一番面白かったのは女探偵グラビアの話に動揺する姿かもしれない。

「副島さんは言っている」
・かつての探偵事務所時代の知人が巻き込まれた事件について情報収集する葉村さん。事件を解決するためにとった手段は。

 とある事情により、調査らしき調査もできないまま、ひたすらネットで情報を集め、なんとか事件を収拾させようとする姿は、葉村さんは不本意かもしれないが、現代の探偵のひとつの姿かもしれない。事件を解決するためにとった手段もウェットに溢れている。その中で冒頭のミステリフェアのネタが、最後に活きてくるのも短編の制約の中で上手く機能している。

「血の凶作」
・火事の現場で発見された遺体はハードボイルド小説の大家の名を騙っていた。なぜ死者は彼の名を騙ったのか。

 タイトルからしてパロディではあるが、「オレ、二週間前に死んだんだわ」という冒頭の台詞もまた、そのあたりを意識してるかなと思う。調査を依頼した作家、角田港大先生のキャラもまた、実際の作家たちをモデルにしたようなパロディの匂いを感じるし、作風としてハードボイルドを下敷きにしたコージー・ミステリ風味といえるのかもしれない。後味こそほろ苦さはあるが、ラストの葉村さんの台詞は、ちょっとした救いなのかもしれない。

「聖夜プラス1」
・ミステリフェアのイベントの目玉でもあるサイン本を受け取るだけだったはずが、数珠つなぎに仕事を頼まれ、奔走することになる葉村さんは無事書店に戻れるのか。。

 これまたパロディ調のタイトルで、作品集全体の雰囲気にそった作品だと思う。行く先々で仕事を頼まれてしまう葉村さんの姿は、不運なのかお人好しなのか、もはやよく分からない状況だ。でも実際にこんな風に面倒くさい仕事を頼まれ続ける事もそうないだろうし、そう考えるとやっぱり不運なのかもしれない。

 読み終えて一番の感想。葉村さんの本当の不運は、空気を読めない(読まない?)富山店長経営「MURDER BEAR BOOKSHOP」でバイトしてることじゃないのか???




採点  ☆4.0