『七月に流れる花』(☆3.8)  著者:恩田陸

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 坂道と石段と石垣が多い静かな街、夏流(かなし)に転校してきたミチル。六月という半端な時期の転校生なので、友達もできないまま夏休みを過ごす羽目になりそうだ。
 終業式の日、彼女は大きな鏡の中に、緑色をした不気味な「みどりおとこ」の影を見つける。思わず逃げ出したミチルだが、手元には、呼ばれた子どもは必ず行かなければならない、夏の城――夏流城(かなしろ)での林間学校への招待状が残されていた。
 ミチルは五人の少女とともに、濃い緑色のツタで覆われた古城で共同生活を開始する。城には三つの不思議なルールがあった。鐘が一度鳴ったら、食堂に集合すること。三度鳴ったら、お地蔵様にお参りすること。水路に花が流れたら色と数を報告すること。少女はなぜ城に招かれたのか。長く奇妙な「夏」が始まる。
Amazonより

 ああ、これは恩田陸だなぁ・・・。

 どこか日常から少しずつずれていくような設定、謎めいた少女、奇妙な緑の男、林間学校で向かった夏の城での不思議な出来事。。緑の男と夏の城を巡る謎も十分に魅力的だけれども、恩田さんの筆致で描かれると、謎のそのものよりも謎を生み出す作品の空気に惹かれてしまう気がする。

 直木賞受賞作の『蜜蜂と遠雷』はまだ未読だが、以前読んだ『チョコレート・コスモス』のようにすごい量の熱量を伝えてくる作品もあるけれども、勝手ながら本質は幻想系の人だと思ってる。ミステリ寄りの作品でも、結末までキッチリ描くのではなく、作品全体に少しずつ未解決な謎を残す事によって行間を豊かにし、読み手の想像力を働かせる。『三月は深き紅の淵を』や『ユージニア』などはその系統の作品だと思う。

 登場人物の台詞一つをとってみても、語り手(ミチル)の視点での独白でありながら、物語を語る為の視点になっている。これは幻想系(?)の恩田作品でよく感じる事ではあるのだけれど、行間を感じる物語でもあるのかなと思う。

 ミステリーランドという枠組みの中で、ある程度年齢層を意識してか(面白いかどうかは別にして、過去の同シリーズでは麻耶雄嵩さんみたいに明らかに読者層を間違ってるだろというのもありましたが)、文章そのものも短いセンテンスで柔らかく表現していると思えるし、この行間の豊かさもまた読者が感じ取って、頭の中で物語を作って欲しいなと思ってしまう。

 この手の恩田作品では結末がぼやかされる事も多いのだけれど(それも恩田流?)、この作品に関しては終盤で説明をつけて、終わりの形が明確だ。そしてこの作品はミステリであると同時に、少女たちの成長の物語であったことがわかる。それまであったホラーともサスペンスともいえる空気感が、第8章でがらっと様相を変化させ、ラストでのミチルの切ない呟きに登場人物たちが傷つきながらも大人の階段を一つ登った事を感じさせてくれる。

 サスペンスと幻想とミステリと青春・・・恩田陸を初めて読むという人には、小粒ならが恩田さんの色が案外いっぱい詰まっているこの作品が一番オススメなのかもしれない。


採点  ☆3.8