たいりょうのちょっと一息

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『象と耳鳴り』(☆3.8) 著者:恩田陸

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「あたくし、象を見ると耳鳴りがするんです」
退職判事関根多佳雄が博物館の帰りに立ち寄った喫茶店。カウンターで見知らぬ上品な老婦人が語り始めたのは、少女時代に英国で遭遇した、象による奇怪な殺人事件だった。だが婦人が去ったのち、多佳雄はその昔話の嘘を看破した。
蝶ネクタイの店主が呟く彼女の真実。そしてこのささやかな挿話には、さらに意外な結末が待ち受けていた…。(表題作)
ねじれた記憶、謎の中の謎、目眩く仕掛け、そして意表を衝く論理!ミステリ界注目の才能が紡ぎだした傑作本格推理コレクション。

 

恩田さんのデビュー作『六番目の小夜子』に登場した関根秋の父多佳雄を主人公にした連作短編集。
『六番目~』ではかなり印象深いキャラクターだった多佳雄さん、今回も飄々とした存在感で物語を語ってくれます。

 

作者の後書きによると「推理小説の憧れを作品に昇華させたもの」という事で、全編安楽椅子探偵物のような構成にはなっていますが、そこは恩田陸といいますか、ただの安楽探偵物ではなくあくまで恩田流ミステリに仕上がってます。
それぞれの短編の表、いわゆる正統派ミステリ的な謎の部分が論理的に解決すると同時に裏の部分、恩田風味ともいえる捉えどころのないながらどこか味わいのある余韻が花開く。
そういう意味ではどこか捉えどころの無い魅力を持った関根多佳雄が探偵(あるいは狂言回し)を務めるの必然なのかもしれない。

 

曜変天目の夜」
自らを曜変天目に例えた一人の人物の変死を論理的に検証していくスタイルながら、むしろその解決の先に見えるどこかゾッとさせる思考が印象に残る作品。この1作でこの短編集の方向性を示している、最初に相応しい作品だと思う。

 

「新・D坂の殺人事件」
事件の解明そのものはあくまで推測の域をでない部分はあるものの、雑踏の群集心理の描き方などはのちの恩田作品に通じるものがみられる。ただラストの関しての収まりにかんしてはあまり良くない気がしないでもない。

 

「給水塔」
収録作の中でもお気に入りの作品の一つ。多くの不思議な現象を一つに結び付けていく手法もさることながら、給水塔という一種独特な建物が持つ不気味な佇まいがラストのホラー的後味に結びついている、いかにも恩田さんらしい仕上がりになっているのでは。

 

「象と耳鳴り」
表題作。これもミステリとしてみた場合かなり消化不良的な部分が残るものの、ブラックな短編としてみた場合ラストで多佳雄が感じた論理の飛躍に落ち着かない怖さが感じられた。

 

「海にゐるのは人魚ではない」
中原中也の一節をタイトルに採用して、全体としてもそのイメージの中で物語は進行していく。ただラストの解決の曖昧さはいかにも恩田さん。
収録作の中でもこの結末は好き嫌いが分かれるかもしれない。

 

ニューメキシコの月」
収録作の中で一本選べといわれたら、この作品を選ぶかな。冒頭で示された連続殺人犯の動機の不可解さの証明を論理的に組み立てていき、最後にもう一つ加えられたストーリーがなんとも哀しい余韻をくっきりと浮かび上がらせていると思う。

 

「誰かに聞いた話」
出所不明の噂をモチーフにした構成は他の恩田作品にもよく見られるものだが、あまりに短くラストの展開も正直よく分からなかった。

 

「廃園」
バランスという意味では収録作の中でも一番安定している作品かもしれない。薔薇に溢れかえった庭園という有り触れたモチーフにある一要素を加えることによって短編ミステリとしての精度、さらに苦い余韻の味わいがより深くなっていると思う。最後まで明確に語られない3人目の人物の描き方もいいのではないでしょうか。

 

「待合室の冒険」
収録作の中でも純粋に論理的な謎解きを扱った作品。やや強引な展開で、ご都合主義的な要素があり恩田作品の魅力としては薄いかな。
ただ関根春は、彼を主人公にした1冊の小説を読みたいかなと思わせる魅力があると思う。

 

「机上の論理」
読み終えてみると、本当にこのタイトルの皮肉っぷりがすごい。というかこれはもしかしたら恩田さんがミステリに抱えてるちょっとした不満をユーモラスに描いているのかもしれない。ラストの解答に関してはまあ予定調和ですけどね。

 

「往復書簡」
手紙のやりとりだけで推理をしていく典型的な安楽椅子探偵物だが、この手紙の部分に魅力が薄いのが残念。

 

「魔術師」
これまた恩田さんらしい都市伝説をモチーフにした作品。恩田さんファンにはたまらない要素を持っていると思う。ラストの不気味さも決まっていると思う。
読んでいてふと「Q&A」を思い出したのは僕だけでしょうか。


読み終わってみればミステリ連作集というよりはあくまで恩田短編集といった匂いのほうが濃い作品ですね。
恩田さんファンは当然ながら、ひとつひとつの作品自体はきちんと組みあがっているので氏の短編が苦手な人でもこれはいいのではないかと。
個人的なベストは「ニューメキシコの月」「給水塔」「廃園」の順で。


採点   3.8

(2006.9.8 ブログ再録)