『名探偵はなぜ時代から逃れられないのか~国内編』(☆4.5)



戦後から現在までの日本ミステリーを縦横無尽、明晰な論理で語られた、至高の評論集。 

yahooブックス紹介より

悩める名探偵あるいは作家。
僕が敬愛する法月綸太郎の評論集である。

とはいってもこの本のために書き下ろされたものではなく、すべて過去になんらかの形で発表された評論、解説、エッセイの収録である。
見出しごとに見ると

評論

反リアリズムの揺籃期―1975~1987
大量死と密室―笠井潔
挑発する皮膚―島田荘司

文庫版解説

後日談、または「続編」について―『痾』(麻耶雄嵩)
アップル・ビルの屋上で―『眠れぬ夜の報復』(岡嶋二人)
風太郎短編の極意、ここにあり―『かげろう忍法帖』(山田風太郎)
ボトルの底の澱のように―『彼女が死んだ夜』(西澤保彦)
トリックからプロットへ―『迷宮遡行』(貫井徳郎)
剛よく柔を断つ―『栄光一途』(雫井脩介)
純粋パズラーの実験室―『退職刑事』(都筑道夫)
≪点≫と≪面≫―『凶笑面』(北森鴻
いばら姫のララバイ―『象牙色の眠り』(柴田よしき)
日付は亡霊である―『鏡の中は日曜日
イースト・ミーツ・ウエスト―『剣と薔薇の夏』(戸松淳矩)
精神寄生体「僧正」―『僧正の積木唄』(山田正紀
誘拐という名のゲーム―『さらわれたい女』(歌野晶午

エッセイ

老いぼれる前にくたばりたい
名探偵はなぜ時代から逃れられないのか
これは対岸の火事ではない
「清張的なもの」へのルサンチマンの忘却
小川勝己は転向したのか
「作中劇」ミステリのミニブーム
「未熟な獣たち」が織りなす、あやうい関係の揺らぎ
誘拐ミステリ三番勝負!
PはバズラーのP

の、3つの構成に分かれている(評論とエッセイの区分けが若干微妙ですが)。
どの文章もいかにも法月らしく、丹精に推論を重ねた一筋縄ではいかないものばかりである。
文庫版解説の収録部分を読んでいると、おそらく初出からある程度日数がたって文庫化された作品ばかりであろうと思うし、文庫版の出版までの間に起きたそれぞれの著者の変遷を感じた上で書かれているという優位性はあるものの、どれもこれも一般的な解説文の範疇からはみだした物ばかりだと思う。
特に『かげろう忍法帖』『彼女が死んだ夜』の解説は出色の出来であると思う。

またエッセイもそれぞれは短文ではあるものの、「老いぼれになる~」における綾辻行人への憧憬とも言うべき賛辞と、島田派からの離脱はニヤッとさせられるし、「PはパズラーのP」で触れられる東野圭吾容疑者Xの献身』の批評などはこの人じゃないと考え付かないだろうというユニークさが面白い。

ただやはり収録された中での白眉は笠井潔論と島田荘司論で間違いない。

笠井潔『哲学者の密室』における大量死と密室論を、エラリー・クイーン『チャイナ橙の秘密』『九尾の猫』と比較する事によって大戦間推理小説論、あるいは登場人物の記号化の問題を浮き上がらせる手法は、その論理展開においてある一面の真実としての説得力を持っている。
また島田荘司論においても、冒頭で赤瀬川原平との類似性から始まる表層的な肌触りを主題に挙げ島田作品を批評していく論は、独自性もさることながらその奇抜な視点が作品論に昇華されていく過程は、非常に説得力を感じた。

法月の評論家として優れているところは自論における骨子の一面性的な弱さを自覚した上で、そこから発生するであろう批判を一つ一つ丁寧に検証し反論、あるいは肯定した上で、論旨を展開しているところにあると思う。
これは現在第一線で活躍するミステリー作家であり、一方で評論面でも活躍する作家の中では随一だと思う。
同タイプの傾向を持つ作家の筆頭で挙げられるのは島田荘司だが、島田氏の場合はその論調の偏重性において、自覚的に本格ミステリー隆盛の為のドンキホーテたらんとしている部分があって、一概に較べられない。

むしろ比較するのであれば、評論家島田荘司の後継者たらん(と私は感じている)二階堂黎人である。
二階堂氏の著作自体は個人的に大好きな作品ばかりであるし、その見識や知識力は賞賛に値するものの、自らの論旨の弱点を指摘された場合における反論の立証がおざなりになってしまう場合が多い。特にカーに対する盲目愛は評論家としてに幅を著しく狭めていると思う。(その例として『本格ミステリーを語ろう!―海外篇』における過剰なまでのカー擁護があるのだが、これは半分ユーモア的なものが
あるのではと思うので、批判例としては妥当ではないかもしれない。)

もちろん法月もこの笠井潔論の中でクイーンにたいする擁護ぶりはまったく隠してはいないのだが、既出の評論に対する反論はそのために実証は的を得ていると思うし、正当なる批判は甘んじた上で、それを含めた論を展開している。
まあ、笠井論といいながら半分以上はクイーン論になっている点に関していえば、らしいといえばらしいのだが。。。

とにもかくにも現役作家における評論集としては、しごく真っ当な出来であり、視点の面白さ、あるいは法月綸太郎の個性ともいうべき部分も含めて、非常に読み応えのある1冊だと思う。買えとはいえないものの、一読の価値は十分あると思うのです。(法月への私の愛情が入りすぎてるかもしれませんが)
評論集である以上、ネタバレに関して言えばしょうがないのかな~^^;;


採点  4.5