『黄金の灰』(☆3.9) 著者:柳広司



ハインリッヒ・シュリーマンが伝説の都トロイアの財宝を見つけだしたその瞬間に世界は一変した。不審火とともに消えた黄金、発掘現場では落石に巻き込まれた死、その葬儀中の毒殺。一帯を兵士に囲まれた異常事態の中で夢うつつの推理合戦、そして黄金の中に見出された答…スピーディーな展開に翻弄されながら混沌と論理に巻き込んでゆく実力派の長編第一作。

yahooブックス紹介より

『贋作「坊ちゃん」殺人事件』を読もうと思ったものの、最近シリーズ物を途中から読んで・・・という展開が多いのを考慮してとりあえずデビュー長編の本作を手に取ってみました。結局その危惧はまったく意味なかったですがね^^;;

裏の経歴を読むと、1988年に『拳匪(ボクサーズ)』で歴史群像大賞佳作を獲得しているそうなので、どうやら歴史関係はお得意なのでしょうか?
とにもかくにも主人公がシュリーマンです、ハイ♪世界の歴史に詳しい人ならば、誰もが聞いたことのある名前。
そうでなくても、「トロイの木馬」で有名なホメロス叙事詩イリアス」の記述を信じて、創作上の都市と信じられていたトロイアを発見した発掘家にして大富豪といえば・・・
あ、知らない、そうですか^^;;

とりあえずそんな有名人(でも日本ではマイナー?)を主人公に、語り部をその妻ソファイが務めるこの作品。
読んでてうまいな~と思ったのは、シュリーマンが主人公であること、もしくはシュリーマンの時代が舞台になっている必然性の部分です。
この小説自体は発掘現場で起きた連続殺人と、数奇な運命に彩られた大成功者シュリーマンの半生に迫るという二本立ての謎。
こういうとなんとなく高田崇史の「QED」シリーズを思い出さなくともないですが、あれほどに複雑ではなくなおかつ両方が事件の状況や謎に関わりあう点でしょうか。

事件の背景には発掘を巡るシュリーマンの無頓着さ(実際に現地の許可も得ずに遺跡の発掘をして揉め事を起こしたり、発掘品を勝手に持ち出したりしたそうな)によっておこる奇妙な人間関係や、当時発掘場所であったトルコの情勢がシュリーマン自身が事件の探偵役を務めざるをえない状況を作り出してます。
一方でそんな奇矯な彼の行動が実はその半生に隠された謎にあり、それが事件の解決に至ってなんともいえない味わいを残したりします。
そういった意味で、一度読み始めるとわりとすんなり物語の中に引き込まれていくのではないでしょうか。
(ただ会話分の「」の中に()を挿入する文章はどうなのよ、と思いますが。発音しているのか心の言葉なのかねえ・・・)

ただ結局この作品を評価できるかどうかは、ひとえに解決編部分にあると思う。
もともと小説の中盤で、理由があるとはいえポーの「モルグ街の殺人」のネタと犯人を割ったりしてますし、クライマックスの襲撃場面ではホームズのある有名な作品のトリックを流用、ポーの「盗まれた手紙」や「黄金虫」のネタが重要な役割を果たします。
実際「モルグ街~」のネタバレ場面やクライマックスを見た時に、いくらなんでもこれはまずいだろ~と思ったのですが、実はこれが真犯人との対決場面でその役割を一変させてしまうのです。
と同時になぜこれらの作品の名前が挙げられなければならなかったという必然性が浮き上がってきます。
これ以上語ると、思い切りネタバレになってしまうのでいえませんが、そこを読んだとき、「そうくるか~」とちょっと唸ってしまいました。

どうしてもトリックの独創性というのはありませんから、このネタバレを許せなければ厳しい評価を持たれるかもしれませんが、これらの作品を読んでいたならば、これはかなり面白く読めるのではないでしょうか。
前述した文章表記の?な部分と、この点は問題無いという人はぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか?
歴史ミステリみたいなものが好きな人も結構楽しめるかもしれませんよ。


採点  3.9