『亜愛一郎の狼狽』(☆4.0)  著者:泡坂妻夫

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まずはあらすじ。

 人けのない宮前空港で、折からの驟雨にずぶ濡れになって、約二時間も佇んでいる中年男がいた。宮前署の羽田刑事だ。彼はまもなく到着予定の旅客機を待っていた。この機の離陸直前、何者かが爆破を予告したのだ。ふと目を転じた羽田は、写真機のそばを動き回る三人の男に気がついた。中でも、長身の美青年の奇妙な動きが……。
 隙のない服装と端麗な顔立ち、だが、その挙動は常におどおどして落ち着きがない。ユニークな名探偵亜愛一郎が次々と難事件に挑戦する傑作事件簿!


「乱れからくり」「11枚のとらんぷ」の泡坂妻夫のデビュー作「DL2号事件」を含む、短編集。探偵役は泡坂さんを代表するシリーズ探偵(?)の一人、亜愛一郎。

 実際に購入したのはもうそうとう昔、多分学生の頃ですから、おおよそ20年ぶりの積読からの脱却。昔から変わらぬ本の山状態。明智金田一ポアロ、クイーン、矢吹駆、加賀恭一郎・・・。さらにはここ数年の見きれないブルーレイの山。グラナダ版ホームズ、刑事コロンボBOX、ウルトラマンウルトラセブン、BABAYMETAL・・。あまりに酷いので絶対再読でしないであろう本やらDVDを処分した数ダンボール20箱。でも一向に減る気配はない。なぜならそこに古本屋がるから・・・。

 閑話休題。本の数はともかくとして、持っているのに読んでない「名作とされる」作品の一つがこれでした。電話帳・探偵辞書の索引で絶対一番最初に出る為にと名付けられた亜愛一郎というネーミング。眉目秀麗ながらおどおどと頼りない行動のギャップ、酒と誘惑に弱く、事件の真相に気づくと白目を向いて倒れる・・・。デビュー作「DL2号事件」の発表が1978年、この2年前には「幽霊列車」で赤川次郎がデビューを飾っている。どこかユーモラスなキャラ構成はもしかしたらこの時代の定番なのかな、とちょっと思ったりして。

 でも、その作品としての味わいは少しばかり独特。独特の三段論法的な推理過程、その過程で見せる逆説的な物言い、狂言回し的な亜愛一郎の存在。よく言われているようにチェスタトンの「ブラウン神父」に通ずるものがあると思う(ちなみに「ブラウン神父」も童心しか読んでませんが・・・)。全体として、いわゆる犯罪を実行するためのトリックについては大味なところもあって、そのあたりが苦手な人はいるかもしれませんが、むしろどうしてそのトリックを使わなければいけなかったのか、あるいはどうして犯人はそんな行動をしてしまったのか、という心理的な部分の上手さを楽しむ作品かなと。
 そして、全部の短編に一瞬登場する三角顔の婦人、正体はシリーズの最後で分かるらしい、ううん、積読には全部揃ってるし、読んでいこう。

ということで下記は各短編の短評。

『DL2号事件』
爆破予告された飛行機の乗客が見せた不思議な行動から、とんでもない展開に転がっていくデビュー作。犯人の動機は行き過ぎてるけど、その発想というか心境はなんとなく分からんでもない不思議な味わい。

『右腕山上空』
衆人環視のCM撮影中の気球の中で起きた謎の死。一見自殺にも見えたが・・・。
トリックそのものはそんなアホな、という気がしなくもない。ただそう考えざるを得ない理論の積み上げと、オープニングとラストの対比が個人的には好き。

『曲がった部屋』
火葬場近くに立つ傾いたマンションで起きた殺人事件の謎。全編に挿入される与太話が事件の真相を推理するのに重要なキーワードになってたりするから油断できない。それにしてもマンションの部屋に帰ったら、部屋が数千匹の死出虫で真っ黒になってたなんて、やだわ〜。

『掌上の黄金仮面』
奈良の大仏の二倍はある観音様の上でビラを撒いていた黄金仮面が撃たれる話。なんだかもうあれですね、読んでると「本家?」黄金仮面が浮かんできました。これまたツッコミどころはあるけれど、物語の為の伏線と事件(トリック)の為の伏線が絡まっていて読んでて油断できない。

『G線上の鼬』
頻発するタクシー泥棒に襲撃され、助けを求めて戻ってくると泥棒は死体に、足跡は運転手のものしか残っておらず・・・。
タクシーの運転手が飲酒運転をしてるという設定が時代ですね^^;;足跡に関する心理的なトリックは大雑把だけれども、心理的なツボをついてる。それにしてもこれまた作中のちょっとした文章がヒントになってりなんかして、巧いなぁ〜。

『掘出された童話』
自費出版された童話の誤字脱字を絶対直させなかった著者の態度の裏側には・・・。
冒頭、あからさまに暗号くさい童話(笑)で始まる一編。暗号は解けなくてもストーリ的に真相にたどり着きやすい、という意味では少し落ちるのかなぁ。個人的に編集部デスクの何でもボタンの仕組みが気になる・・・。

『ホロホの神』
第二次世界大戦末期の島で起きた、原住民の酋長の拳銃自殺の真相とは・・・。
古代的なアニミズム信仰と宗教観、原住民と旧日本軍のちょっとしたエピソード。伏線もピタリとはまり、拳銃死に隠されたある仕掛けに関しても無理を感じさせない。とにかく無駄のない本作の白眉。

『黒い霧』
ある街で撒き散らされたカーボンの霧にまつわる話。出て来る登場人物のユーモアある描き方に時代を感じるなぁ。犯人は誰だというよりもなぜこんな事をしたのかに主眼がおかれ、ラストにはもう一つの事件が浮かび上がる趣向。短いのに終わってみれば盛りだくさん。
 

採点  ☆4.0