『元年春之祭』(☆3.5) 著者:陸 秋槎

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 2000年以上前、前漢時代の中国。かつて国の祭祀を担った名家、観(かん)一族は、春の祭儀を準備していた。その折、当主の妹が何者かに殺されてしまう。しかも現場に通じる道には人の目があったというのに、その犯人はどこかに消えてしまったのだ。古礼の見聞を深めるため観家に滞在していた豪族の娘、於陵葵(おりょう・き)は、その才気で解決に挑む。連続する事件と、四年前の前当主一家惨殺との関係は? 漢籍から宗教学まで、あらゆる知識を駆使した推理合戦の果てに、少女は悲劇の全貌を見出す――気鋭の中国人作家が読者に挑戦する華文本格ミステリ

Amazonより

 去年のミステリ系ランキングでもボツボツとランクインしている華文ミステリ。帯で三津田信三さんが「「ミステリ史上に残る前代未聞の動機」と紹介、さらには著者のあとがきで三津田さんの「厭魅の如き憑くもの」、麻耶雄嵩さんの「隻眼の少女」に影響を受けた(摩耶さんに至っては日本語で読んだらしい、素晴らしい)と書いてあり、それだけでなんだか嬉しくなりますね。
 さてこの作品、読者を選ぶかもしれないというのが実感。なにしろ前述の新本格ミステリの影響だけではなく、漢籍とアニメ的なキャラクター表現という作者のこだわりが作品全体に盛り込まれてるので、とにかく濃ゆい。
 漢代という今から2000年前の中国が舞台となっており、前半は当時の祭祀に関する蘊蓄が満載なので、正直理解が追いつきません。気分はもう「黒死館」。さらにはひたすら侍女小休に虐待を振るう探偵役葵に共感し難く、かといってワトソン役露申の純粋さも時として鼻についたり、この二人のホームズ&ワトソンとは真逆の罵り合いの場面なんかは、逆にアニメ的百合世界といえなくもないのかなと思ったり。

 さて,とにかく好きじゃないと置いてけぼりになる蘊蓄の嵐を乗り越えて起きる殺人事件。現場から消失した犯人、連続する事件、ダイイングメッセージ、繰り広げられる推理劇、、作品全体を彩るガジェットはいかにも古典から新本格ミステリにつながる伝統的なミステリ。さらには読者への挑戦状が2回も挿入、物語としてもこのあたりから一気に面白くなります。

 犯人が誰かということについては、なんとなく分からないでもないのかな、と思うしやられたーという感じにはならないかも。その分動機という点では、確かにかなり特殊ですね。いわゆる現代ではありえない(一部の現代ミステリではそれに近い動機が無くもないですが^^;;)特殊な状況、逆に2000年前の中国だからこそ成立する、そのための舞台設定。
 さらには事件の真相にまつわるヒントが前半の「黒死館」風味の中にしっかりと組み込まれてました。そういう意味で異端に見えてちゃんとミステリしているんですよね。異様な動機に取り憑かれた犯人の行動は物語の終幕に苦い味わいを残すところなんかは、新本格以上に古典に回帰しているのかもしれません。

 作者の狙ったアニメ的キャラクター表現、あるいはロジックを成立させるために存在する舞台設定ゆえに、作られた観が否めなかったり、語りの視点が段落の中で頻繁に変わったりして読みづらかったりと小説的には硬さがありますが、やろうとしたことを完遂しているところは評価すべきだと思うし、読み手が外していると思った箇所も作者としては狙ってるところでもあるのかな。

 ただ、オススメするには前半の読みにくさが^^;;;
 
採点  ☆3.5