『乗客ナンバー23の消失』(☆4.4) 著者:セバスチャン・フィツェック

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 乗客の失踪が相次ぐ大西洋横断客船“海のスルタン”号。消えた妻子の行方を追うべく乗船した敏腕捜査官の前に現れる謎、謎、謎。錯綜する謎を解かないかぎり、ニューヨーク到着まで逃げ場はない。無数の謎をちりばめて、ドイツ屈指のベストセラー作家が驀進させる閉鎖空間サスペンス。

 事件解決のためなら手段を選ばぬ囮捜査官マルティンのもとに、5年前に豪華客船「海のサルタン号」船上から忽然と姿を消した妻子にまつわる秘密を明かすという連絡が届いた。相手がマルティンを呼びだしたのは、因縁の客船。そこでは2か月に船から姿を消した少女が忽然として出現。さらなる事件が次々に起きていた。

 ニューヨークへ向かう客船の中で走り出す複数のプロット――。船の奥底に監禁された女と、彼女を詰問する謎の人物。娘の忌まわしい秘密を知って恐慌を来たす女性客。何者かとともに不穏な計画を進める娘。船室のメイドを拷問する船員と、それを目撃した泥棒。船の売却を進める船主と、船の買い手である中米の男も乗船しており、マルティンを呼びだした富豪の老女は「この船には恐ろしい秘密が隠されているのよ……」とささやく。

 この客船の中で何が起きているのか? からみあう嘘と裏切りと策謀――真相はめくらましの向こうにある! そしてあなたが「一件落着?」と思ってから、ドイツ・ミステリー界最大のベストセラー作家が腕によりをかけて仕掛けた意外な真相のつるべ打ちが開始される!

Amazonより

 今年度のランキングで高評価だった本作。いや、ほんとに評判に違わない面白さです。豪華客船遠洋クルージングはお金持ちの嗜みというイメージですが、著者のあとがきによると分かっているだけで年間数十人単位が船上で行方不明になっているそうです。作中でも実際の行方不明事件の一部が触れられていますが、どれもなんだかゾッとするものばかり。豪華クルージングのイメージが変わりますね。

 で、本作ですが、もうプロローグからしてスプラッタ風味で怪しい。そこから囮捜査官マルティンが過去に妻と子を失った因縁の客船「海のスルタン」号に乗り込むことになるわけですが、とにかくこの船が怪し過ぎ。マルティンを呼び出した老女ゲルリンデは客船での行方不明事件を小説化しようとしているし、シングルマザーのユーリアとその娘リザの距離感は微妙を通り越して不穏、さらには2ヶ月前に行方不明になったアヌークの発見と、監禁されるアヌークの母ナオミを襲っている恐怖のシュチュエーション・・。

 とにかく複数の視点で語られるストーリーが章ごとに見せ場が有り、賑やかで忙しい。豪華客船自体が巨大で読んでいてもその全貌がつかめない。だから、誰も知らない部屋があっても当然と思うし、客船の探索シーンはさながら地下迷宮の探索のよう。特にどことも分からぬ場所に監禁され、自分の犯した罪について告白するよう強要されるナオミの場面はもう気持ち悪さが堪らない。



 あまりに色んな要素が詰め込まれていて、物語がどういう方向にいくのかサッパリ読めません。とにかくこれでもかと詰め込まれたガジェットですが、どれもこれも読み手の興味を引くものばかり。このあたりのエンターテイメント性とリーダビリティは抜群で、読み手はマルティンともども翻弄されながらも物語に引き込まれること請け合い。

 そして少しずつ明らかになる事件の謎。前半の一種のエンタメ風から一転して、かなり陰惨な真相が待ち構えています。あまりに陰惨すぎてこの真相が明らかになるのが本当に良いことなのか、船長のように(彼は調査の停船に係る費用を心配して過去の行方不明事件をもみ消したりしてます)立ち振る舞った方が幸せだったのでは、という気持ちすら沸き起こります。実際途中まではこの小説はすごく映画向きだなと思ってたのですが、この解決編を読んでしまうとちょっとなぁ・・・。

 すべてが終わり、地上に戻ってきたマルティンが再び日所に戻る・・・かと思いきや、ここからまさかの怒涛の展開。それまでは本格というよりサスペンス調の展開だったのが、一気に伏線の回収が始まります。なんとなくもしかしたら・・・とは思ってたんですが、それまで回収してきた伏線以上にまだあったのかよ、とただただ感心。何よりその解決編によって、陰惨だった真相がさらに闇を持つという展開。まあ、唯一ある人物に天罰が下るだろうという事を伺わせる場面では溜飲を下げましたが。

 読み応えのある著書によるあとがきのあとには、回収されなかった場面を描く掌編が掲載されていたり、どこまでサービス精神が豊富なんだよ。海外小説が苦手な人でも読み進められるスピード感、サスペンスとして本格としても詠みこめる傑作だと思います。

 
採点  ☆4.4