『時限感染 殺戮のマトリョーシカ』(☆4.0) 著者:岩木一麻

イメージ 1

 ヘルペスウイルスの研究者が首なし死体となって発見された。現場には寒天状の謎の物質と、バイオテロを予告する犯行声明が残されていた。猟奇事件にいきり立つ捜査陣であったが、彼らを嘲笑うように、犯人からの声明文はテレビ局にも届けられる。
 社会が生物兵器の脅威に晒される中、早期解決を図るべく、捜査一課のキレ者変人刑事・鎌木は、下谷署の桐生とともに犯人の手がかりを追いかけるが―。

Amazonより

 「このミス大賞」受賞作家の2作目。前作『がん消滅の罠』はタイトル通り医療ミステリでしたが、この作品もバイオテロがテーマということでやっぱり医療系。
 バイオテロ物というと、最近読んだ『二千回の殺人』が動機の面でなんともいえない作品だったし、日本を舞台にしたときの動機付けが難しい、それこそオウム真理教じゃないですが、ああいう感じじゃないと難しいと思うのですがどうでしょう。

 基本的に警察の捜査と犯人グループの視点が同時並行で描かれているので、いったいだれが犯人かという部分の興味はありません。また、今回犯人が使う毒についての説明はかなりマニアックで正直読んでてもピンとこなかったのでかなり斜め読み。ただ、基本的なところはなんとなくイメージ出来なくはないので、そこまで支障は無いと思います。

 無関係な人を巻き込むテロというのは、例え犯人側にどんな理由があったとしても承服しなけますが、現実の世界でも9・11関連の大規模テロ以降、無差別テロは個々の思想に帰するものが多くなっているような気がします。特にアメリカでは銃乱射事件が度々起きていますが、その動機として以前は個人的な復讐、あるいは殺人という行為そのものが原因であったことが多い気がしますが、9・11以降個人的動機より犯人の思想表現の為の行為としてのある種のテロリズムに起因することが多くなっているように思います。
 そういう意味でこの作品では犯人側の社会に対する思想的なものが見え隠れする点で、「二千回の殺人」の動機に比べればまだ現実に起こりうるものなんだろうと思います。

 犯人側の視点で描かれる、ダンスフロアや野球試合終了後で混雑する毒の散布場面はやはり地下鉄サリン事件を彷彿させるところはありますが、いわゆる被害者が苦しむ場面というのは描かれません。また、警察側の視点でも犯人側の犯罪予告に憤る場面はあっても、無差別テロそのもので混乱に陥る場面はなかなか出てきません。

 中盤以降なぜ直接的な場面が読み手にも分かってくるにつれて、事件そのものも違う視点を見せ始めます。このあたりは作者の試みは十分成功していると思うし、テロ実行犯達の巧緻が警察を明らかに上回っています。正直こんなテロの方法をされたら本当に防ぎきれないんじゃないかと思います。

 また、事件の構造そのものが当初見えていたものから少しずつ変わっていくのに合わせて、事件の裏にある犯人の隠された動機も少しずつ見えてきます。それ自体が読み手にとって納得できるかどうかは読み手次第ではありますが、医薬業界の現実と合わせて犯人が採った手段そのものを完全に否定することは出来ません。
 犯人も無差別テロを実行するに際して、ある可能性がある事を前提にしており、その事が単純にアンチモラルな小説に陥らない、読み手に呆れさせないところに繋がると思います。また、事件を操作する側、所轄の女性刑事の桐生がある難病に罹っている事も物語の伏線として機能したなと思います。

 この桐生とコンビを組む鎌木も大学時代にカマキリの研究をしている変わり種、捜査の場面もでもいやらしいぐらいのネチッこさを見せたと思えば、桐生が病気を患っている事を知ると自分の発言を素直に謝罪する場面を見せたりとどこか憎めないキャラになってます。桐生との組み合わせもなかなか魅力的で、次回作以降再登場して欲しいなと思えます。

 ミステリとしてみたときに、事件の発端となる首なし死体に関する処理が小説の中であれっとおもうぐらい雑な扱いをされていたり、所々でミステリとして成立させるためだけの設定が散見されるのは、医療面や一連のテロを巡る構成の緻密さと比べて勿体無いなと思いますが、専門用語の難しさを除けば小説としても読みやすいと思うし、まだまだこれから期待できる作家さんだと思います。

 
採点  ☆4.0