『グラスバードは還らない』(☆4.7) 著者:市川憂人

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 マリアと漣は、大規模な希少動植物密売ルートの捜査中、得意取引先に不動産王ヒュー・サンドフォードがいることを掴む。彼にはサンドフォードタワー最上階の邸宅で、秘蔵の硝子鳥や希少動物を飼っているという噂があった。捜査打ち切りの命令を無視してタワーを訪れた二人だったが、あろうことかタワー内の爆破テロに巻き込まれてしまう。
 同じ頃、ヒューの所有するガラス製造会社の社員とその関係者四人は、知らぬ間に拘束され、窓のない迷宮に閉じ込められたことに気づく。傍らには、どこからか紛れ込んだ硝子鳥もいた。「答えはお前たちが知っているはずだ」というヒューの伝言に怯える中、突然壁が透明になり、血溜まりに黄たわる社員の姿が…。
 鮎川哲也賞受賞作家が贈る、本格ミステリーシリーズ第3弾!

Amazonより

ジェリーフィッシュは凍らない』でデビュー後、作品数は少ないながら良作を発表している市川さんですが、ミステリとしてはこの三作目でまたレベルアップしたように思います。

 市川さんといえば特殊な化学設定を活かした密室作り、作品全体に張り巡らせた伏線が最後に逆転の構図を呼び起こすところが魅力的ですが、これまでの作品は少しどちらかの要素が先行してる部分もありましたが、この作品に関してはそれらの要素がハイレベルで融合されています。

 オープニングから、まるで9.11を彷彿させるようなあまりに切ないエピソード。そこから一転、不動産王ヒューの異常な趣味と、それを巡る関係者の物語。並行して描かれるおなじみマリアと蓮の刑事側の捜査。
 ビル爆破に巻き込まれ絶体絶命となったマリアパートもさることながら、ガラスの壁で囲われた迷路のような密室で起きる連続殺人のインパクトがすごい。何しろガラスで出来ている壁が殺人直後に一斉に透明になってしまうので、犯人の姿が目撃されるはずになにそこに誰もいないという不可思議性。一体物語がどう展開していくのか想像がつかないです。

 実際に密室殺人のトリックについては良くも悪くも特殊な設定を使ったものなので好みは分かれそうですが、その設定についての前フリはさり気なくしてあるので、なんとなく想像できる人もいるんじゃないか(それが真相だとは思わなくても)と思います。
 また、この事件が起きた動機についてはやや未消化なところがあるというか、ミステリによくわる弱点としてのそこまでして事件を起こすのかというところが無くもないですが、そこがひっかからなければ、被害者側の隠された秘密の異常性に起因する犯人の行動原理に協調したくなります。

 この小説の肝は事件そのものよりも、なぜ事件が起こってしまったかというところに尽きるとおもいます。それを象徴するのが表題にもあるグラスバードというキーワード。たったひとつのこのキーワードが小説のなかで様々な意味を持ち、物語を反転させる構成は見事。
 ミステリ小説ではこういったトリックが仕掛けられるのはよくあるパターン、いってしまえばこのシリーズでも使われてきてますが、その見せ方、違和感の無さはこれまでの作品でも数段上だし、真相が明らかになることによってそれまで見た世界が一変、想像以上の残酷さと悲しすぎる余韻が残ります。
 後半の畳み掛けるテンポに圧倒されながら、それまでの部分にここに至る伏線がちゃんとはられているのも流石。真相が明らかになったあとに再度読み返すとある意味ここまであからさまに書かれていたのに気づかなかったよと脱帽。

 小説としての余韻、ミステリとしての骨格の良さ。どれをとっても今年のベスト級のミステリだと思います。あえていうなら、これまで発表された2作品の内容がこの小説でも出ている(ネタバレはしてないですが)ので、できれば順番に読んでいってほしいという事です


採点  ☆4.7