『下町ロケット ゴースト』(☆3.4) 著者:池井戸潤

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 倒産の危機や幾多の困難を、社長の佃航平や社員たちの、熱き思いと諦めない姿勢で切り抜けてきた大田区の町工場「佃製作所」。
 しかし、またしても佃製作所は予期せぬトラブルにより窮地に陥っていく。
 いまや佃製作所のシンボルとなったロケットエンジン用バルブシステムの納入先である帝国重工の業績悪化、主要取引先からの非情な通告、そして、番頭・殿村に訪れた危機――。
 そんな絶体絶命のピンチを切り抜けるため、佃が下した意外な決断とは・・・・・・。

 大きな挫折を味わってもなお、前に進もうとする者たちの不屈の闘志とプライドが胸を打つ! 大人気シリーズ第三弾!!

Amazonより

 母親の病気の治療が始まり、急遽ばあちゃんの施設を探し、さらには自分も腰痛が悪化し歩くのが困難なことになり、なんだか一気にいろんな事が降り掛かってきた8月。

 で、池井戸さんの人気シリーズ第3弾。
新しい製品を巡り大企業と戦うというのは今作も一緒。ただし、その標的は佃製作所ではなく、佃が提携を模索するベンチャー企業。あの(?)帝国重工の経営方針に不満を持ち独立した二人の男女が起こしたベンチャー企業が、同じく提携を目論みながら佃との争いに破れた大企業が特許侵害の訴えを起こす。

 ロケット製品、医療機器、そして今回は農作業機器のトランスミッション。分野は違えども、基本的な流れは一緒ですね。中小企業VS大企業の構図はシリーズとしてのお約束のパターン。といっても戦いの場はこれまでの技術力ではなくて、知的財産権に関する法廷バトルと、少し毛色が違います。

 メインが知財戦略ということで、これまでのシリーズよりも佃航平の存在感はわりと地味。むしろそれまで佃を支えてきた佃製作所のメンバーや他の登場人物たちにこれまで以上に光があたってます。ガウディ計画で大きな役割を担った立花とアキ、新しい開発ミッションのリーダーとなった軽部。技術屋としてのそれぞれの思いが開発ミッションの過程で見えてきます。また、帝国重工の財前や佃製作所の顧問弁護士の神谷といったこれまでのシリーズで重要な役割を担ったメンバーもしっかり物語に関わってくるのも嬉しいところ。

 なにより、佃製作所の経営面の屋台骨ともいえる経理部長の殿村にも一つの転機が訪れます。小説の中で彼が下したある決断に対して、長く佃製作所を見てきた読者としては特別な思いに駆られるんじゃないでしょうか。そういった意味でも殿村は今作の主役の一人と言えるかも。

 そしもうひとりの主役と言えるのが、物語の中で重要な役割を担うベンチャー企業アゴーストの経営者伊丹と天才技術者島津。帝国重工の経営方針に反旗を翻し、阿吽のパートナーとなった二人もまた、新型トランスミッションの開発競争の中でかつて嫌悪した巨大企業の戦いの中で少しずつすれ違っていきます。ラストの島津の台詞は短い中に様々な思いが詰まった名シーンだと思います。

 知的財産権の争いには一応の結末がつくものの、ストーリーとしては2018年秋発売予定の「ヤタガラス」と合わせて一つの物語としてみるべきなので、ドラマも合わせて楽しみにしたいところ。




採点  ☆3.4