『錆びた滑車』(☆4.0)  著者:若竹七海

錆びた滑車

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 女探偵・葉村晶は尾行していた老女・石和梅子と青沼ミツエの喧嘩に巻き込まれる。ミツエの持つ古い木造アパートに移り住むことになった晶に、交通事故で重傷を負い、記憶を失ったミツエの孫ヒロトは、なぜ自分がその場所にいたのか調べてほしいと依頼する―。
 大人気、タフで不運な女探偵・葉村晶シリーズ。

Amazonより

 若竹七海は魔術師だ。

 最初はほんの小さな依頼だったはずが、物語の中に張り巡らされた伏線が終盤一気に収束し、予想もしなかった物語が開かれる。素晴らしいのは、ミステリとしての伏線が物語の展開として自然にそこに存在していること。つまるところ、伏線を楽しむミステリとしても読めるし、物語の展開を楽しむこともできる。なんて素敵なことだ。

 毎度毎度不運に見舞われる葉村さん。時には洒落にならん状況から復活(?)してくるところはターミネーター状態と言いたいところだけど、そこはやっぱり年齢を積み重ねてしまったのか、不幸が葉村さんを傷つけるというより、老化(失礼!!)が葉村さんに不幸を呼び寄せてるような。でもその等身大の姿が、名探偵ではなく女探偵としてのリアリティに繋がってます。

 今作はこれまで以上に物語が転がるといいますが、最初は家族の依頼で老母の素行調査をしてたはずが、最後の方になると、始まりがそんな依頼だったなんて誰も覚えていないんじゃ状態。それに伴い登場人物の数も倍増。巻頭に登場人物一覧があるけれど、そこに登場しない人物もたくさん出てくるので、頭が少々混乱。それでも読み進められるのはストーリーテリングの妙でしょうか。

 舞台となる街は実際の街をモデルにしてます。自分も大学時代+αをモデルとなったであろう地域に住んでいたのでちょっと懐かしい(作中登場する遊園地の元ネタには結局行きませんでしたが)。その街に生活している人たちもごくごく普通の人生を送るごくごく普通の人たち。
 ここでいうごくごく普通というのは、悪いことをしたことがないというのでも平凡というのではなく、ちょっとぐらいの遊び心でちょっとだけ悪い事をしちゃう人。全員がそうとはもちろん言えないけれど、だれでもちょっとした羽目外しや軽犯罪をしちゃったことがあるんじゃないでしょうか。

 葉村さんが暴き出す事件の真相もまた、ある意味普通の人がちょっとした興味本位でしたことから起きてしまう悲劇。特に物語の中心となる青沼一家を待っていた運命は、読み終えて葉村さん以上に不運だったのかもしれないと思う。
 また、クライマックスである人物が見せる行動、事件の核心部分における動機については非常に身勝手だと思う。ただ、この動機も一昔前だったらミステリのための作られた動機、リアリティが無いと評されたかもしれませんが、今の時代こういう動機で犯罪が起きてしまうのはおそらく周知の事実。普通の人達の物語の中に時代性を巧みに編み込んでいるのも、このシリーズが愛されている理由かもしれません。

 巻末の富山店長のミステリ紹介も楽しいこのシリーズが、文庫書き下ろしという財布に優しいお値段で読めるのもありがたい。今後もコンスタントに出版してほしいなぁ。


採点  ☆4.0