『友罪』(☆4.2) 著者:薬丸岳

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あなたは“その過去”を知っても友達でいられますか?埼玉の小さな町工場に就職した益田は、同日に入社した鈴木と出会う。無口で陰のある鈴木だったが、同い年の二人は次第に打ち解けてゆく。しかし、あるとき益田は、鈴木が十四年前、連続児童殺傷で日本中を震え上がらせた「黒蛇神事件」の犯人ではないかと疑惑を抱くようになり―。少年犯罪のその後を描いた、著者渾身の長編小説。



Amazonより

 薬丸岳さんの作品はこれが初めて、映画化をきっかけに手に取りました。

 ジャーナリストの夢に破れた益田は小さな町工場の面接で同い年の鈴木と出会う。どこか人と関わることを拒絶している鈴木だが、益田には少しずつ心を開くようになる。その中で益田は、過去に起こった連続児童殺傷事件の犯人が鈴木なのではないかと疑う。

 小説のモチーフとしては明らかに神戸で起きた児童連続殺傷事件、通称「酒鬼薔薇事件」であることは明らか。そこにAV強制出演問題であったり、ストーカーであったり、現代の社会問題を取り込んでいる。

 読み味としては比較的テンポが良い。複数の視点で物語は語られるけれども、時間軸であったり舞台がほぼ共通なので物語が分かりにくくなることは無いと思う。

 しかし、内容は非常に重い、もしかして友人が過去に殺人を犯していたとしたら、しかもそれが非人道的だと社会から糾弾された事件だったと知ったなら、自分ならどうするだろうか。それまでの関係をそのまま続けてできるのか。
 小説の中でも、益田だけでなく職場の同僚であったり、あるいは彼に惹かれる女性もまた、その問題に直面する。その登場人物たちの変化が本当に生々しい。自分だけは友人でありたい、信じてあげたいと思う心が物語が進んでいくなかで、脆くも壊れていく。

 さらには、事件が起きた時にワイドショーでよく見かける、「あのとき少しおかしい人だと思ったのよ」といった言葉、事件の外にいる人達の責任を取る必要のない言葉の軽さであったり、ある女性のAV出演のエピソードで描かれる男性陣の言動は最低だなと思いつつ、じゃぁ自分はそうじゃないのか?と聞かれると、そう言い切れないのは、誰しも感じる事なのではないだろうか。このあたりの生々しさのさじ加減は上手い。

 また、この小説では少年Aの周りの人々の心理描写はあるが、その中である2つの心理描写だけが存在しない。それは少年A自身の視点、そして「黒蛇神事件」の被害者遺族の視点である。

 実際の事件をモチーフにしているということで、この2つの視点をあえて描いていないという事については色々意見はあるかもしれない。ただ、この小説の主眼として事件の当事者を描くのではなく、それをとりまく人達の葛藤であり変化であることを描くということは明らかであろう事からすれば、描かないということは正解だっただろうと思う。

 もし少年Aの心理描写が入っていたなら、どんなに言葉を語ったとしても嘘くさく感じてしまうのは心情だろうし、被害者の家族の悲痛な叫びはどんな言葉よりも読み手の心を揺さぶる。当事者達のそれぞれの思いに心を揺さぶられ過ぎて、こちらの心がそちらに引きずられてしまい、作者の主眼がぼやけてしまったかもしれない。

 例えばノンフィクションの素材として実際の事件と向き合うには今回省かれた部分こそが重要になってくるだろうと思うけれど、そういった意味では実際の事件がきちんと小説として成り立っているということだろう。とはいっても、安易に救済を描く作品でないし、事件と直面する中で起きる人としての弱さであり醜さ、あるいは更生側の人物が取る行動に代表されるある種の自己満足、そのどれもが誰もが普通に持ちうるものであると思う。

 それぞれの登場人物の思いや行動を通して描かれる小説内の世界を通して、現実の様々な事件におけるジャーナリズム、それを受け止める自分達を否応にも考えさせられる濃厚な作品だと思う。


採点  ☆4.2