『ブラッドライン』(☆3・0) 著者:黒澤伊織

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 アラルスタン共和国とラザン独立国の国境ー通称ブラッドラインで射殺体が発見された。殺されたのは、世界的歌手のM。アメリカ人である彼は、何のために紛争地帯にいたのか?彼を殺したのは誰か?何のためにスーパースターを殺したのか?
 一人の男の死が、世界を動かしていく。


Amazonより

 国同士の紛争。血の跡で出来たとされるブラッドライン。超大国アメリカの介入。架空の国同士の紛争ながら、読む側としては実在の内戦の姿が被ると思います。

 そんな紛争地帯の境界線、通称ブラッドラインで発見されたアメリカ人スーパースターの死を、世界各地の様々な人達の目を通して語りながら、戦争というものを浮かび上がらせる構成は悪くないと思う。

 世界的歌手であるMを語る言葉の中には、彼について熱狂的なファンの肯定的な言葉もあれば、彼の行動を冷ややかに見ている視点もあり、さらには彼を語る人達の立場も多岐に渡っている。
 作品のトーンから作者の戦争に対する視点はぼんやりと見えてくるが、それが必要以上に強く出てこないのは、Mを通して戦争を語るだけでなく、登場人物たちの日常を時にシニカルに描くことによって比喩的に描いているところがあるからなのではないだろうか。

 なかには、日本人のパートのようにMの存在よりも、日本人の屈折した心理の方が強く残ってしまうところもあったり、あるいはクライマックス場面での彼の行動を受け止める視点についても皮肉混じりな部分もある。

 この安易に正論的なもの(人によっては綺麗事と思うだろう)を並べるのでもなく、あるいはMを過剰にスーパースターに仕立て上げない所がこの作品の良い点なのではないだろうか。あえて正論を正論らしく仕上げるというパターンからずらす事によって、逆に読み手がMの存在、あるいは彼のメッセージについて考える余地ができたと思う。

 もしかしたらMはそんな綺麗事を貫きたかったかもしれない。むしろ周りか彼を過剰に持ち上げているだけなのかもしれない。それでも彼がとった行動は読み手の感情をなにかしら揺さぶると思うし、Mの行動の先に世界で起こったことについて他人事ではなく考える事ができるかもしれない。

 元々ネット小説として発表されたこの本。個人的にネット小説黎明期(?)の頃の印象が良くなかった(特に文章)けれど、そういう部分では比較的読みやすい本だと思う。

 ただ、上手いかというとまだまだ荒削りだとは思う。読みながらどこかで読んだような言い回しだったり、あるいは使い古された表現も散見させる。それ自体は単純に否定するものでもないと思うけれど、この本に関して言えばまだまだそれらの言葉が作者の言葉になりきれていない、まだ借り物の言葉が並んでいるような印象が残った。

 そういった意味では本当に評価されるのはこれからかもしれないけれど、もし作者が自分の言葉を確立できたなら、どんな小説が出来るのか、楽しみではあると思う。
 

採点  ☆3.0