『生存者ゼロ』(☆3.4)  著者:安生正

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北海道根室半島沖に浮かぶ石油掘削基地で職員全員が無残な死体となって発見された。陸上自衛官三等陸佐の廻田と感染症学者の富樫らは、政府から被害拡大を阻止するよう命じられる。しかし、ある法則を見出したときには、すでに北海道本島で同じ惨劇が起きていた―。未曾有の危機に立ち向かう!壮大なスケールで未知の恐怖との闘いを描く、第11回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。

Amazonより

 事件の発端は北海道の石油採削基地で、職員全員が皮膚が剥がれるほどに腐敗したような状態の無残な姿で発見された事。

 序章でアフリカ大陸に研究の為渡っていた感染症学者・富樫の妻が感染症で死んだ場面が描かれており、北海道の事件も感染症の疑い、さらには基地の職員全員がありえない程短時間で死んでいる事で、富樫や現場に最初に到着した自衛官・廻田や富樫だけでなく、読み手もパンデミックを想像します。
 にも関わらず、感染症対策そっちのけで事件をいかに大袈裟にせず穏便にすませようとする日本政府。あまりに典型的な保身的な政治姿勢に、いくらなんでも現実にはここまで酷くはないだろー、と思いつつ、でも最近の政治ニュースを見ていると、もしかしたら・・・なんて思えるのが小説とは別の意味で怖いです。

 富樫や廻田の訴えにも関わらずだんまりを決め込んだ政府を嘲笑うかのように、今度は北海道本土で連続する大量死。この小説の優れている所は、どう見てもパンデミックだろうと思わせる事件が後半意外な展開をみせたり、あるいは主役の一人、物語の救世主になるであろうと思わせた富樫がヤク中(第1章の時点ですでに使っちゃってますが)で大変な事になったりと、単純なパニック小説(それはそれで嫌いじゃない)に収まらない展開を見せること。

 色々な所でストーリーとしてのミスディレクションを活用してるところはなかなか上手いなぁ、と思います。事件の全貌が明らかになっても、なお廻田達がこれをどう収束させていくのか想像つかない所も、正統派のエンターテイメントとして立派な盛りっぷり。

 ただ一方で、パンデミックを扱っている作品としてその部分に関する専門知識、あるいは国と地方で責任を押し付あう場面での法制度の詳しい引用など、全体の分量と較べて書き込み過ぎて物語のバランス、あるいはテンポを若干損ねているように感じました。
 読み終わってみると、そこまで書き込まなくても物語の狙いは成立してたと思うし、逆にそこまで書き込むのであれば、ラストのやや急ぎ過ぎのテンポを補う意味でも、福井晴敏の長編小説ばりに長い分量にしても良かったのかもしれません。まあ、そこは「このミス大賞」の応募原稿数があったのかもしれませんが。

 バランスの悪さという点では、未曾有の事態に振り回される日本政府側と、廻田や富樫、あるいはいわゆる「正義」側の立場の人の言動があまりにも過激すぎて、少しクドく感じました。

 とはいっても、全体としてパニック物のB級テイスト、というよりソフトな西村寿行といういうべき展開は読んでて面白いですし、予測させないストーリー展開は大賞をとったのにも納得。
 ぜひ今後は濃厚な平成の西村寿行をあたりを目指して欲しいですね。
 

採点  ☆3.4