『魔力の胎動』(☆2.8) 著者:東野圭吾

魔女の胎動

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自然現象を見事に言い当てる、彼女の不思議な“力”はいったい何なのか――。彼女によって、悩める人たちが救われて行く……。東野圭吾が価値観を覆した衝撃のミステリ『ラプラスの魔女』の前日譚。

Amazonより

 『ラプラスの魔女』の前日譚。全5話収録、そのうち4話に前作のヒロイン・円華、最後の1話に地球化学の研究者・青江が登場する。円華の特殊な能力についてこの作品では詳しく書かれていないので、『ラプラスの魔女』を先に読んでた方が、その点はスッキリするかもしれないし、逆に先にこちらを読んで、描かれない円華の能力について想像しながら『ラプラスの魔女』を読むのも有りかも。

 内容的には『ラプラスの魔女』に較べて、それぞれのエピソードについてのミステリ感が圧倒的に薄め。 最初の「あの風邪に向かって翔べ」では勝利から遠ざかっているベテランジャンパーが引退と臨んだ大会でのエピソード。ラストで円華の能力を逆手に取った展開があるけれど、分量的にいえばこういう方向になるんだろうな、という感じのストーリー展開。「この手で魔球を」は、ナックルボールが捕れなくなった捕手の話で、途中から円華がいなくてもいいのでは?という感じになりますが、最後のオチで円華の能力を使ってきます。

 最初の2話とも、物語の語り手である鍼灸師の工藤ナユタの視点で、それぞれに問題を抱えた関係(ジャンパーとその妻子、捕手と投手)をほぐす、いわゆる媒介的な役割として円華の能力が存在します。そもその彼女の能力自体がある種の悪魔的能力で、謎解きを主体とした展開には向かない(『ラプラスの魔女』も謎解きそのものが主体では無かったです)ものなので、短編の分量の中ではなお前面に押し出すのは難しいと思います。
 そうなると、短編としての完成度次第になってくるのでしょうが、正直円華の能力が媒介的な役割を果たしたからといって、その事による登場人物の心境の変化への説得力が乏しく、これだけでそこまで展開が変わるのかという不満が残ります。

 3話目の「その流れの行方は」では、川の事故で子供が植物状態になった父親の葛藤が描かれていますが、父親を苦しめる「子供を助けようと急流に飛び込もうとした元水泳選手の妻を止めた事が、本当に正しかったのか」という事について、円華の能力と実験の中で父親が目撃した光景が彼にとって救いになったとは思えないというか、こちらに心の変化がドラスティックに伝わってこないです。
 むしろ、円華の能力を媒介に留めておいているにも関わらず、「その能力でこんなに人を救えるんですよ」という作者のアピールが透けているような気がします。

 4話目の「どの道で迷っていようとも」で、やっと『ラプラスの魔女』への伏線が浮かび上がって来ます。同性愛とそのカミングアウトをめぐる捉え方について議論については読み応えが在るものの、やはり物語としての分量と練り込みが足りない。ここまでの短編を見ていても、なぜそこで円華が首を突っ込んでくるのかという所もやっぱり見えにくい。正直、映画化がされていなかったらこの短編集が編まれていたのかという点も気になります。

 最終話の『魔女の胎動』での青江先生のエピソードでは、『ラプラスの魔女』でも触れられた過去の温泉地ガス中毒事件が描かれています。個人的にはこのエピソードが収録作の中で一番纏まっていたような気がしました。それぞれ離れた場所で目撃されていた親子が、なぜ一緒の場所で硫化水素中毒死していたのか、なぜ親子は立入禁止の場所にいたのか、旅館客の男性はなぜそこまで美女に優しくするのか、それぞれのエピソードに論理的な解決をつけ、ラストのほろ苦さも印象に残ります。

 最終話のラストで、『ラプラスの魔女』に登場した謎の青年とおぼしき人物が登場し、青江もフラグを立てるような発言をしましたが、一つの短編としてみた場合は正直蛇足だろうと思いますが、それでも浮くというところまでは無かったと思います。


 色々な点で物足りなさは残りますが、面白くないかというとそれなりに楽しめます。ただ読み終わってしばらくしたら何も印象に残らない、そんな微妙な感じが残りました。『ラプラスの魔女』の前日譚としてはともかく、結局一番纏まってたのが、シリーズの肝となる円華たちの能力の設定から一番遠い作品だったのが、この短編集のブレの表れなのかもしれません。


採点  ☆2.8