『ラプラスの魔女』(☆3.2) 著者:東野圭吾


イメージ 1

ある地方の温泉地で硫化水素中毒による死亡事故が発生した。地球化学の研究者・青江が警察の依頼で事故現場に赴くと若い女の姿があった。彼女はひとりの青年の行方を追っているようだった。2か月後、遠く離れた別の温泉地でも同じような中毒事故が起こる。ふたりの被害者に共通点はあるのか。調査のため青江が現地を訪れると、またも例の彼女がそこにいた。困惑する青江の前で、彼女は次々と不思議な“力”を発揮し始める。

Amazonより

「もし、この世に存在するすべての原子の現在位置と運動量を把握する知性が存在するならば、その存在は、物理学を用いることでこれらの原子の時間的変化を計算できるだろうから、未来の状態がどうなるかを完全に予知できる」

 フランスの数学者ピエール・シモン・ラプラスが提唱した存在「ラプラスの悪魔」。東野圭吾が時折(?)繰り出してく数学あるいは物理学ミステリ。その代表が湯川先生のガリレオシリーズですが、あちらが理系要素を盛り込んだ本格ミステリなら、こちらは地球化学をベースにしたサスペンスに近いのかなぁ。

 「ラプラスの悪魔」という設定を前面に押し出した(といっても作中でこのフレーズが出てくるのはかなり後半ですが)時点で、本格ミステリでいうところの意外性を少しばかり犠牲にしてると思います。とはいってももともと東野さん自身がガチガチのミステリ寄り作家かと言われると必ずしもそうでもない訳で、むしろミステリ部分とストーリー部分のバランスの良さが一番の魅力かなとも思います。それが発揮されてるのが、「新参者」の加賀恭一郎シリーズといえるかもしれません。

 そういった意味ではこの作品もまたバランス型の、ある意味東野さんらしい作品だと思います。冒頭の竜巻で母を喪った少女円華が見せる不思議な行動、そして距離の離れた温泉地で起きる関連不明の2つの硫化水素中毒事件、さらに事故現場で目撃される謎の青年の姿とリーダビリティはさすが。青年の正体は早い段階で想像がつくけれど、東野さんはおそらくこの部分に関する意外性はあまり考えていないじゃないか、というよりむしろなぜ事件が起きたのかというホワイダニットに力を入れてると思います。

 この小説では幾人かの視点で物語が語られますが、じゃあこの人が主役かな、という人がはっきりとはいません。敢えていうなら地球化学学者の青江かヒロイン的な扱いの円華なのかなとも思いますが、物語の中でそこまで印象に残るかというとそうでもないような気がします。警察側の視点を担った刑事・中岡の後半の扱い方といい、あえて主役的存在、あるいは読み手が感情移入しやすいキャラクターを作らない事によって、事件そのものに読者に感情移入させようと試みてるかもしれません。

 ただ、物語としてみると主役的立場をはっきりさせない描き方をした事によって、犯罪者側のキャラクター、特に事件の原因を作った人物の悪魔的キャラクター設定もまたステレオタイプ的な感じになってしまったように思います。
 また、ストーリーもまた東野ミステリの他の作品でも見たような流れ、東野流のストーリーパターンに陥っていて、サクサク面白く読めるんだけど、最後に強い印象が残りません。クライマックスでのある登場人物の言動についても、途中で明らかになった設定と矛盾していて、このへんは語りたかったテーマに引きずられたかなぁという気もします。

 ただ、「ラプラスの悪魔」という設定自体は面白いと思います。ある意味かなり強力な予測能力でSF的な設定かもしれないですけれど、強力過ぎるがゆえにある種絶望的な気持ちになってしまうというのもよく分かるし、自分なら気が狂うかもな〜と思います。ただ、この点に関してもやっぱり主役不在の物語のせいかやっぱり感情移入しにくい点はあるかな、と感じます。

 総じて観ると、可もなく不可もなく楽しめる東野ミステリの王道作品かなと思います。シリーズの次回作・・というよりも前日譚を読むとこの描ききれなかったところが埋まるのでしょうか。この作品は映画化されますが、案外と映画との相性がいいのかもしれないですね。櫻井翔広瀬すず福士蒼汰・・・ううむ見たい・・・。



採点  ☆3.2