『ミステリークロック』(☆3.5)  著者:貴志祐介

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犯人を白日のもとにさらすために――防犯探偵・榎本と犯人たちとの頭脳戦。

様々な種類の時計が時を刻む晩餐会。主催者の女流作家の怪死は、「完璧な事故」で終わるはずだった。そう、居あわせた榎本径が、異議をとなえなければ……。表題作ほか、斜め上を行くトリックに彩られた4つの事件。

Amazonより

 貴志祐介のシリーズ物である、セキュリティ専門家であり防犯探偵、実は・・・の榎本が主人公の短編集。シリーズのテーマは密室。この作品でも様々な密室が登場するとともに、榎本と青砥純子の漫才のような掛け合いが個人的に好きなシリーズ。

 この密室というジャンル、推理小説のテーマとしては余りに有名。普段ミステリとそんなに接しない人でも、その名称はアリバイトリックと同じくらいメジャーなものと言えるのではないでしょうか。
 それだけに、密室の帝王(?)ともいえるカーに代表されるように様々なバリエーションの密室が発表されていて、本当に新しい密室を作ることは相当難しくなっていると思います。

 その結果、作中で登場人物が触れるように、現在のミステリにおいて密室はそれ自体が単独の謎として成立するのではなく、心理トリックなどと複合的に使われ、より複雑化してきていると言えます。
 密室にまつわるミステリの複雑化について、作中の登場人物が次のような台詞を言っています。

「だが複雑になればいいってもんでもないだろう?読んでる方は頭がこんがらがるばっかりだ。(抜粋)」

「ええ、最近では文字だけですべてを説明することに限界を感じるほどです。図版を入れるのもの限りがありますし。まあ、映像化でもしてもらえれば一目瞭然なんですけどね。」

 それを言っちゃあと嘆きそうになりますが、新本格以降の潮流の一つを示しているものとして、実に的を得ていると思います。一方で、リアリティというより物語重視の一見ライトノベルのような軽さと読みやすさがありながらミステリとして一定水準以上の作品も支持されてきているというのもあると思います。

 ではこの作品はどうなのかと考えると、ミステリとしての複雑さと物語重視(リアリティ重視ではない)という両極を盛り込んだ作品集だと思いました。

 冒頭の短編『ゆるやかな自殺』では、ある種古典的といえる手法を取りながらもトリックが実にイメージしやすく読みやすし、最終話『コロッサスの鉤爪』は特殊な環境と知識こそ必要なもののトリックのイメージが物語の部分と上手く絡んでいて、ラストのくだりのほろ苦い結末も切ない余韻に浸れます。この2つの短編でいえばトリックだけではなく、物語の魅せ方を工夫していると思います。

 それに対して、2話目の『鏡の国の殺人』と3話目の表題作『ミステリークロック』は、まさに図表が入ってもよく分からない、複雑怪奇な密室ミステリといえると思います。
 他の2篇もそうですが、収録作において著者は犯人について敢えて隠そうとはしていないように思えます。なので、読み手からすれば犯人が誰か想像がつきます。トリックの部分に関しても、時にあからさまにヒントだろうと想像できるような描写も多々あります。
 
 それでも犯人の仕掛けたトリックの真相に辿り着ける人は多くは無いと思います。というよりも、あまりにトリックが複雑過ぎて「映像化」してもらわないとイメージ出来ません。複雑すぎて、読み手の理解してやろうという気合いを完全にへし折ってしまいます。特に『ミステリークロック』においては、作中の登場人物かがいう「映像化」しても、理解できるかどうか疑問です。

 もうここまでくると明らかに確信犯だろうと思います。表題作に至っては「これは楽しめる人が楽しめればいいよ」という潔さを感じます。小説としてそれでいいのかという気がしますが、これはこれでシリーズの特色でもあるんでしょうし、本格ミステリとしてはそのトリックの極北っぷりも含めてシリーズとしての個性、あるいは作家としての個性と考えてもいい水準には達していると思います。

 それにしても、読み終わったあとに感じるのは、横溝正史『本陣殺人事件』の偉大さ。あの小説のトリックも読んでる時はほとんどイメージ出来ず、映像化された作品をみてやっと理解できたぐらいですが、じゃあ小説を読んだ時に面白くなかったかといえば、けっしてそんなことは無いぐらい面白かったですもんね。


 

採点  ☆3.5