『蝶のいた庭』(☆4.0) 著者;ドット・ハチソン

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 FBI特別捜査官のヴィクターは、若い女性の事情聴取に取りかかった。彼女はある男に拉致軟禁された10名以上の女性とともに警察に保護された。彼女の口から、蝶が飛びかう楽園のような温室〈ガーデン〉と、犯人の〈庭師〉に支配されていく女性たちの様子が語られるにつれ、凄惨な事件に慣れているはずの捜査官たちが怖気だっていく。
 美しい地獄で一体何があったのか? おぞましすぎる世界の真実を知りたくないのに、ページをめくる手が止まらない――。一気読み必至、究極のサスペンス!

Amazonより

 物語は拉致監禁事件の経過を聞くために、ヴィクターが救出された女性マヤから話を聞くところから始まります。すでに事件に警察が介入し犯人も捕まっている状態から始まる展開。そういった意味では、ミステリ的な意外性は無く、むしろマヤの語りを通して少しずつ明らかになるガーデンでの異常な生活が少しずつ明らかになっていくのを楽しむ小説でしょう。

 少しずつ明らかになるガーデンの姿。拉致監禁された多くの少女。その背中には、犯人の庭師によって美しい蝶のタトゥーが彫られ、ガーデンの蝶としての名前が与えられます。蝶は限られた短い時間の中で美しい舞いを見せますが、拉致監禁された少女たちもまた庭師にとって与えられた生活の先におぞましい姿になる宿命が待っています。

 猟奇的ストーリーではありますが、直接的にグロかったりする描写はありません。庭師にとって彼女たちを監禁しコレクションしていることは自分だけではなく彼女たちにとっても幸せなことであり、必要以上に彼女たちを怖がらせようと思っていません。庭師とともに行動する彼の長男が女性たちに暴力を振るうと、彼女たちよりも長男を叱責します。

 被害者の視点で語られる物語の中で見せる、拉致監禁やレイプといった直接的な狂気と共存する、紳士的な振る舞いという矛盾。そのあまりに歪んだ価値観は、醜悪さと紙一重の美しさすらあります。彼の狂気に支配されたガーデンの光景は、乱歩の「パノラマ島奇譚」や「盲獣」のそれと近い、人間の秘させた潜在意識の中の異常性に通じるものなのかもしれません。

 ガーデンという異常な空間で限られた時間を生きようとするする少女たちもまた、それぞれの在り方でその狂気を受け入れようとします。自己防衛本能としての異常環境への適応、それが出来るか出来ないかで彼女たちを待ち受ける運命も変わってしまいますが、なにが彼女たちにとって正解だったのか、答えを出すことが出来ません。

 警察もまた、拉致監禁事件について淡々と語るマヤの姿に、同情を覚えながらも果たして彼女は本当にただの被害者なんだろうか、もしかしてどこかの時点で被害者から加害者に変わっていったのではないか、とすら疑います。一面からしか語られる事の無い、証言の価値と真実すら曖昧な設定は、この狂気的な物語を描くための最適解だったのかもしれません。

 幻想小説として読むと直接的な描写の少なさに少し物足りなさを感じる人もいるかもしれません。そういった意味では、すこし出版社の紹介文が違う方向に期待度を高めちゃったかな、と思うのですが、それでも、淡々とた語り口でありながら最後に伏線が一気に回収されるところなど、読み終わっての読後感は満足でした。

 これからこの作者の物語がどういった方向に進んでいくのか楽しみです。
 

採点  ☆4.0