『盤上の向日葵』(☆4.4) 著者:柚月裕子

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実業界の寵児で天才棋士――。 男は果たして殺人犯なのか! ? 

さいたま市天木山山中で発見された白骨死体。唯一残された手がかりは初代菊水月作の名駒のみ。それから4ヶ月、叩き上げ刑事・石破と、かつて将棋を志した若手刑事・佐野は真冬の天童市に降り立つ。向かう先は、世紀の一戦が行われようとしている竜昇戦会場。果たしてその先で二人が目撃したものとは! ?
日本推理作家協会賞作家が描く、渾身の将棋ミステリー!


Amazonより

 著者があるインタビューでこう答えている。

 将棋に「砂の器」で描かれたような人間ドラマを掛け合わせたミステリーを書きたかった。

 松本清張の「砂の器」を読んでる人からすれば、読みはじめてすぐ、どんなストーリー展開が待っているだろうと想像が出来る。物語もそこから外れない。まさに「砂の器」へのオマージュ的作品でありがなら、それでも面白いのは確かなリアリティと、登場人物が放つ濃厚な人間臭さが支える物語としての面白さだと思う。500ページを超える大作だけど、まさに一気読み。

 将棋の7大タイトルの一つ、竜昇戦(竜王戦がモデル?)最終局。7冠タイトルを目前にするタイトルホルダー壬生名人(羽生永世名人がモデルですよね)に挑む、東大出身・実業家から特例でプロに転身した上条桂介6段。ある宿命を抱えながら人生の節目を迎えようとするその姿は、「砂の器」のあの音楽家を思い出す。

 一方で、山中で発見された白骨死体の遺留品である「初代菊水月」作の名駒(作中、現在の価値で600万と名言されている)の調査を行いながら、死体と犯人について少しずつ地道に迫っていく姿はやはり清張を始めとした社会派ミステリの頃の刑事の姿がダブる。

 物語は現代の事件を調査する捜査パートと、桂介の半生、幼少時代からタイトル戦まで辿りつく姿がを交互に描くスタイル。それぞれのパートに濃厚な男達が登場する。

 捜査パートでは優秀だが変わり者の捜査員と噂の石破警部補。捜査でコンビを組んだ所轄の刑事に出張先の名物駅弁を調べさせる、相方の空気を読まない傍若無人な姿を見せながら、捜査になると聞き取り相手に合わせてペースを変える上手さも持ち合わせて、若手にも時折金言を放つ。よく出てくる傍若無人なだけの一匹狼では、彼だけの物語になってしまうという意図もあるのだろうか、絶妙のさじ加減のキャラクターである。コンビを組む相方の佐野刑事に関しては、元奨励会所属という異例の経歴を持っているけれど、駒の真偽を図る程度の意味しか持たなかったのはちょっと勿体無い。

 一方の桂介の過去に大きな影響を与える事になる何人かの人物。
 まずは父親の庸介。桂介が小学生の時に妻を亡くした後はギャンブルとお酒に走り、挙句は虐待まがいの行為までするクズな男。但し、この父親が抱えている秘密もまた終盤明らかになる。育児放棄の理由にはまったくならないし同情も出来ないけれども、それでもまともでいようとしながら狂っていってしまったんではないかと思う所もあり、複雑だ。

 次に将棋の真剣師・東明重慶。モデルは実在の真剣師小池重明だそうだが、東大在学時に彼に出会ったことにより桂介の運命は大きく動いた。幼少時代から事情を知る近隣の夫婦から将棋を習い、一時期は奨励会に入れるために養子にまでしようとした才能を見せていた桂介は、東明の将棋を通じて真剣勝負の魅力に取り憑かれる。時には相手を騙し誤魔化し、それでも真剣勝負の機会を死ぬまで持ち続けた男の、魂を削る狂気のような生き様に、桂介も逃れられない宿命を感じる事になる。

 作品の性質上、どうしても作中に将棋の譜面が出てくる。そもそも将棋は駒のルール程度しか知らないヘボ将棋打ちだし、作中に盤面図が挿入されていない(挿入されてても分からんけど)ので駒の駆け引き自体、一手の重みについては正直分からなかったけど、それを打っている将棋指しの描写がきちんと描かれているので、読むのに大きな障害にはなりません。

 物語の終盤、様々な謎が一つにつながる中で、桂介の過去とタイトルにある「向日葵」の意味が重なった時、あまりに重い宿命を背負わされた桂介の姿に呆然とする。
 画集で出会った「向日葵」、何度も盤面に咲く「向日葵」、そしてラストで再び現れる「向日葵」。ラストで桂介が見た「向日葵」は何を指すのか・・・。ラストまで十分に重い。。



採点  ☆4.4