『皇帝と拳銃と』(☆3.6) 著者:倉知淳

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 私の誇りを傷つけるなど、万死に値する愚挙である。絶対に許してはいけない。学内で“皇帝”と称される稲見主任教授は、来年に副学長選挙を控え、恐喝者の排除を決意し実行に移す。犯行計画は完璧なはずだった。そう確信していた。あの男が現れるまでは。著者初の倒叙ミステリ・シリーズ、全四編を収録。「刑事コロンボ」の衣鉢を継ぐ警察官探偵が、またひとり誕生する。

Amazonより

 倉知さん初の倒叙モノは、謳い文句に違わずコロンボへのオマージュに溢れた短編集でした。
 倒叙モノといえば、やっぱり「刑事コロンボ」シリーズ。その影響を受けた作品は数知れず。国内でも「古畑任三郎シリーズ」(ちょっと若い世代には、倒叙=古畑になるんだろうか)だったり数年前にドラマ化された、これまたコロンボフリーク大倉崇裕さん原作「福家警部補シリーズ」(視聴率はどうだったんだろう)などなど。

 刑事コロンボのお約束。
 最初に画面に写った人物が犯人である、とりあえずコロンボのうだつの上がらない風采に油断する、帰ろうとした時の「あと一つだけ」、犯人の決定的なミス、そして「いつから疑ってたんだ」「初めてお会いした時からですよ」、くーっ!!
 そんなお約束をほぼ踏襲したこの短編集。ただ違うのが、コロンボにあたる乙姫警部のキャラ立ち。犯人だけではなく証言者さえ、最初にその風貌を見た時に「死神」と勘違いするインパクト。


 削ぎ取ったように痩せた頬、鋭角的に鋭い顎、悪魔を思わせる鉤鼻、尖った大きな耳ーーそして何より、その目。暗く深く、虚無への深淵を覗き込むがごとく、陰気で表情の感じられない瞳。(中略)ひょろっとした長身、黒いスーツに黒っぽいネクタイ、うっそりと佇む姿の陰気さ、全身からもやもやと発する黒々として陰鬱な雰囲気。自己紹介した際の、愛想の欠片も感じられない陰々滅々とした人間味のない低い声・どこをとっても「死神」そのもの。巨大な鉄製の鎌を持っていないのが不思議なくらいだ。


 うーむ、強烈過ぎる存在感。犯人も、コロンボが登場する時は(冴えない刑事で助かったぜ・・・)と油断しますが、こちらではまるで自分の罪を掘り起こしにきた地獄の死者のように不安にさせてくれます。それでいて、ライトノベルから小劇団、さらにはティーンズ雑誌のモデルまで博覧強記っぷりを発揮。相方の鈴木刑事の超絶イケメンなのに自分では本気で普通の地味な顔と思ってる、男からするとふざけるなキャラと、なんとなくシリーズ化されそうな予感のするコンビです。

 さて実際の作品もどこかコロンボへのオマージュを感じさせてくれます。

・「運命の銀輪」

 恋愛小説のコンビ作家の片割れが、今後について意見の食い違った相方を殺すという内容。
 おお、まさにコロンボシリーズシーズン1の傑作にして若きスピルバーグ監督作品「構想の死角」と同じ設定(コロンボではミステリ作家コンビでしたが)ではありませんか。絶対狙ってますな、これは。
 設定以外の部分については、もちろん倉知さんオリジナルの展開ですが、証拠が薄弱なのを理論でねじ伏せたり、ボロを出さす為に罠を仕掛けるのもコロンボっぽいですね。作品の出来としては微妙ですが、コロンボへの愛情は感じまくりでした。

・「皇帝と拳銃と」

 皇帝と呼ばれるプライド高き大学主任教授が恐喝者を排除しようとする表題作。
 権力を握った人物が脅迫相手を殺すのもコロンボによくあるパターン。プライドが高いという意味では、「祝砲の挽歌」のラムフォード大佐や「忘れられたスター」(コロンボで一番好きなエピソード)の往年の名女優グレースが頭に浮かぶけれども、あちらほどに大物感は無いです。ちょっとした犯人のミスのくだりもコロンボシリーズの某傑作エピソードを思い浮かべるし、本棚の違和感といったビジュアルヒント(文章で読むと少しアンフェアかも)なんかもコロンボっぽい。

・「恋人たちの汀」

 言い争いのさなか、叔父を殺してしまう劇団演出家。アリバイ作りを劇団仲間でもある恋人に頼むが・・。
 刑事コロンボというと犯人が緻密な計算を元にというイメージがあるけれど、この作品のように最初は衝動的な殺人だったというも結構あります。初期の作品でも「指輪の爪あと」や「ロンドンの傘」、そしてコロンボシリーズの中でも最も人気の高いと言われる「別れのワイン」もまたそうですね。
 また今回アリバイ工作に使った方法も、記念すべき第1作の「殺人処方箋」や新コロンボの「幻の娼婦」なんかを思い出します。
 殺人現場にあった不思議な痕跡と消臭スプレーの噴射跡から犯人を追い詰めていくくだりは論理的かつ有機的で、ミステリとしてはこれが一番出来がいいのかな、と思います。

・「吊られた男と語らぬ女」

 工房で発見された首吊り死体。索条痕とロープの太さが違ったことから警察は殺人事件として動く。コロンボシリーズの魅力はトリックそのものよりも、犯人を追い詰めるワクワク感。そして時として苦い味わいを残すストーリー。それまでの作品の流れが、この作品に効いている。倒叙物として逆手に取って新しい視点を生み出すという意味では、倒叙物なのに犯人当てという異色作「二つの顔」やキャスティングも含めて伏線だった「さらば提督」を思い出します。
 そしてこの事件のもっとも苦い所は動機でしょうか・・・。たったひとつの言葉のために行動しなければならなかった犯人の動機が切なすぎます。個人的にはこの作品が一番すきかな〜。

 いろんところから漂ってくるコロンボ愛は実に素晴らしいですが、作品集としてみた場合、ラストへの伏線を評価したとしても、少々小粒な印象。次回このコンビが再登場する時は、更に手強い犯人たちに登場してもらいたいですね。



採点  ☆3.6