『いくさの底』(☆3.0)

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戡定後のビルマの村に急拵えの警備隊として配属された賀川少尉一隊。しかし駐屯当日の夜、何者かの手で少尉に迷いのない一刀が振るわれる。敵性住民の存在が疑われるなか、徹底してその死は伏され、幾重にも糊塗されてゆく―。善悪の彼岸を跳び越えた殺人者の告白が読む者の心を掴んで離さない、戦争ミステリの金字塔!

Amazonより

太平洋戦争中のビルマ、日本軍の屯駐する山中の寒村で起きた日本兵指揮官の殺人事件。
その解決の為に奔走する副官と通訳。

まず、最初に。全部で200ページない短い小説だけど、かなり読むのに時間が掛かった。
面白い面白くないというよりは、単純に肌に合わなかったという方が正しいのかも。

ます、作中に登場する日本軍の階級制度に疎いので、上下関係がイマイチ掴めなかったのが個人的には大きかった。
それに輪をかけたのが、語り手である日本人通訳の立ち位置。現地語が喋れるため、日本軍に加わっているけれど、探偵役(というよりは、調査役と言った方が正しいかも)である副官とどっちが偉いのか分からない喋りをするから、混乱する。
全体としてみても、当時の戦争に詳しい人じゃないと分かりにくい部分についても、簡潔に書きすぎてイメージが湧きにくい。もしかしたら文章力の問題かもしれないけど。
また、単純にミステリ要素だけみても、小粒だしかなり弱い。

けれども、合わないからという理由だけで終わってしまうのも勿体無い魅力があったのも事実。

この小説のもっとも特殊であり感心するところは、この解決の解釈だと思う。
通常のミステリならば解決は犯人の指摘であったり、動機あるいはトリックの解明に一定の主眼が置かれるところを、この小説ではいかに住民や日本兵たちが納得する形を作るかが解決となっている。

命よりも名誉、捕虜になるなら自決せよという当時の日本軍の価値観。日本との戦いに勝つためにゲリラ戦と略奪を繰り返す(あくまで日本側からの視点)重慶軍、両者の狭間で自らの地の安息を模索する村人達。

彼らにとって立場は違えども、その価値観からはみ出すという事は個人という存在価値を失い、国家(あるいは村)における自己のアイデンティティの喪失に繋がる。
普通の日常では考えられない、戦争が続いているが故に、そこに未来を見る余裕は無く、今の世界での存在価値を求めざるを得ない空間。

犯行の動機も、物語の主体である日本軍たちが選んだ解決も、どちらもこの特殊な環境の中でこそ論理を超えて成立している。

作品の世界観が、物語の全体を支配し成立させているという意味では、リアリズムいう点で対極にある今年のミステリ界を席巻した「屍人荘の殺人」に通じるものがあるのかもしれないと思う。

何より怖いのは、自らの価値観、アイデンティティを守る為に、時には真実を捻じ曲げる事すら厭わない世界が、今の現代にも通じてると思わせるところかもしれない。



採点  ☆3.0