『屍人荘の殺人』(☆4.9) 著者:今村昌宏

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 神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。
合宿一日目の夜、映研のメンバーたちは肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。
緊張と混乱の一夜が明け――。部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった……!! 
究極の絶望の淵で、葉村は、明智は、そして比留子は、生き残り謎を解き明かせるか?!
奇想と本格ミステリが見事に融合する第27回鮎川哲也賞受賞作!

Amazonより

 鮎川哲也賞受賞のデビュー作で2018年版国内ミステリランキング三冠(このミス・本ミス・文春)、ネットの書評は賛否両論、今年のミステリ界最大の話題作。
 先日読んだクリスティの『オリエント急行殺人事件』について、新本格コードを纏った古典だと思ったけれど、『屍人荘の殺人』は逆に古典コードに回帰した新本格だと感じた。

 犯罪行為そのものよりも犯罪が起きる過程に焦点を当てた社会派ミステリ全盛の中、『十角館の殺人』の登場で、構成する要素を記号化することより、ロジック或いはトリックへの注目度・重要度を取り戻し、新本格の時代が始まった。
 その中には、『生ける屍の死』(山口雅也)が、死体が蘇る世界を創り出すことによって「殺人」という行為そのものを無効化し、あるいは『姑獲鳥の夏』(京極夏彦)が「見えざるモノ」を作り出したことにより「ミステリ」そのものを解体してしまったりと、新本格の時代の中では異色の作品もある。本作もまた、異端ではある。

 この作品で最も話題となったのは◯◯◯によるクローズド・サークルの成立であり、その点だけを切り取れば、ある意味異色・・というより異端の作品である。



(以下ネタバレまでは行かないけれど、なんとなく◯◯◯について分かってしまうような書き方に成ってると思うので、気をつけてください。但し、◯◯◯については当然早い段階で分かってしまうし、勘の良い人はそれが明示される前に、なんとなく分かっちゃうと思うので、作品全体としてみたら、そこまで大袈裟に隠すものでもないかもしれない・・・)







作中の登場人物の台詞の中で密室トリックの考え方は出尽くした感があり、今は複数の要素を組み合わせて新しいものを作り出す傾向にある的な言葉があったが、クローズド・サークルはある意味密室以上に新たなものを産み出すのが困難な状態かもしれない。

 雪による孤立、嵐による孤立、家事による孤立、天災による孤立といった自然的なクローズド・サークルもあれば、犯人(あるいは第三者)が意図的に孤立空間を作り出したり、またはなぜか船が一週間に一回しかこない孤島だったり・・・。クローズド・サークルの状況も多岐に渡るが、その性質ゆえに、様々な要素を組み合わせてというのは難しいし、またあくまでも状況の問題でありそれ自体が主役である事ではないため、密室ほどに新しい工夫はされてこなかったように思う。

 その中で◯◯◯である。この作品では、このたったひとつの要素だけで新しいクローズド・サークルを産み出してしまった。この◯◯◯があまりにも特異でありあすぎるので、非現実的すぎる、驚きはするがそれだけ、など批判も多い。確かに先行するクローズド・サークルと較べるまでもなく、圧倒的に非現実であることは間違いない。

 但し、それはミステリの世界でのことであり、他のジャンルでいえばけっしてマイナーではないし、むしろ一つのジャンルとして成立している感もある。そしてそれらのジャンルでは非現実であるとか言われる事はまずない。なら、ミステリでも◯◯◯があってもいいじゃないか(先行例もあるし)。しかもこの作品の中で、◯◯◯はクローズド・サークルを作り出しただけでなく、作品そのものを動かす重要なピースになっている。けっして一発出しましただけのネタに終わっていない。(ただしこの作品をクローズド・サークルによるパニック物として読んでしまうと、あっさり感が先行して評価できなくなるだろうと思う)

 この作品で登場するミステリ的な部分(密室であったり、アリバイなど)はさほど手が混んでいる訳でない。むしろその部分については、トリックが先鋭化してきた新本格の中では古典的であるし、練られているとは言い難い。
 ただ、そこに◯◯◯という要素が入ってくる事によって、物語は一気に複雑になってくる。本来であれば検討する必要がない方向まで推理を広げないといけないし、その広がった部分があまりにも未知だからだ。登場人物の一人が持っている◯◯◯についての知識も、ある意味想像だけで本当の事は分からない。

 それは犯人にとっても同じだ。ただ事件を起こすだけでも大変なのに、◯◯◯の事も考えなければいけないからだ。この点について、この状況でこんなに冷静に事件を起こせるのかという指摘もあるだろう。 
 その点について、作者もまた工夫を施している。

 まず、クローズド・サークルが出来る過程、あるいは自分達の目で確認できたものを繋ぎ合わせることによって、ある程度◯◯◯について客観的に推測できるであろう環境を登場人物たちや読み手に与えることにより、探偵や犯人側の思考に説得力を持たせているし、与えられた状況から逸脱することはほぼ無い(一点、ある事件においては推理の過程も含めてやや処理が雑かな、という点はあったが・・)。

 犯人の行動においても、同様の工夫がされている。なぜクローズド・サークル状態で事件を起こしてしまうのか、というのは他のクローズド・サークル物でもポイントになるところであり、この作品では特に◯◯◯がそのハードルを高くしている。その点についてなぜこの場所で事件を起こさなければいけないかという最低限の理由付けが出来ているし、◯◯◯によって事件を起こすリスクが高くなったのは確かだけれど、犯人にとってのチャンスでもあることは書かれているし、けっして理解できないものではないかなと思う。

 出て来る登場人物の口調や設定はラノベテイストで語呂合わせ的に登場人物を紹介するなど軽いところもあるけれど、いかにもありがちな男イマイチ女美人という設定もちゃんと理由づけしているし、建物もいかにも本格ミステリ的な図面の紹介に丁寧な描写をしているにも関わらず、真相解明の時に「あっ、そんなトコにヒントがあったのかよ」と思ったし、◯◯◯を軸にした非現実的な設定にも関わらず、論理の出発点をそこに集約させた本書の構成力は新人離れしている。

 ただ、個人的に引っ掛かったのが、ラノベ調を意識した女探偵役の台詞回しが全体的にブレ気味でキャラの練り込み不足に感じたのと、ある登場人物が語り手に言った割と重要な台詞が解決部分を読んでもピンとこなっかったところ。特に後者は作品的にも重要な部分なので、私だけかもしれないけど、もう少しうまく処理して欲しかった。



(以上でヒント的なところは終わり)





 とはいっても、作品のレベルとしてはかなり高い。◯◯◯によるクローズド・サークルになるという設定、登場人物の類型的なキャラ設定、語り口調など現代の新本格の典型的な要素はてんこ盛りにも関わらず、その結果としてここまでシンプルなぐらい古典へ回帰したスタイルは、珍しい。
 「このミス」での1位インタビューの中で、シリーズの続編化とこの作品で重要にも関わらず、ほとんど謎のまま処理されなかった部分についても書いていくということなので、今後の作品もかなり期待して待ちたいと思う。


採点  ☆4.9