『変若水』(☆4.0) 著者:吉田恭教

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厚生労働省に勤務する向井俊介は、幼馴染の女医が突然死した真相を追及するうち、ある病院を告発する文書の存在を掴み、島根と広島の県境にある雪深い村にたどり着く。そこは変若水村。ある一族の絶大なる支配のもとに、誰も見てはならないとされる雛祭りが行われる奇妙な村だった。相次ぐ突然死と、変若水村で過去におこった猟奇事件の謎に向井が迫る―。島田荘司選第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作。

Amazonより

 村の有力者以外立入禁止の雛祭りを覗こうとした少年に降りかかる災厄から幕を開けながら、一転して厚生労働省の職員が、二人の医師の変死事件とその裏に潜む陰謀を暴いていくというストーリー。ちなみにタイトルの「変若水」は「をちみづ」と読み、月の不死信仰に通じる、飲めば若返るという水、だそうな。

 土俗的な因習に囚われている寒村という横溝を彷彿させる部分と、現代医学を下敷きにしたサスペンス的展開のハイブリッド具合は、本作が受賞した「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」の選者である島田荘司氏が好みそうな内容だと思います。そういう意味では賞の個性にあった作品というべきでしょう。

 一段組とはいえ、ハードカバーで約400ページの長編、めっきりと読書スピードの落ちた自分的にはしんどいかな〜と思っていましたが、読み出すとテンポの良い展開と入りやすい文体(ときどき軽いテンポが滑り気味ですが・・・)のおかげか、特に長さを感じることもなく最近にないスピードで読了。

 謎の儀式、殺人の疑いはあるも証拠の無い病死対、原因不明の奇病患者・・それぞれ柱になりそうなキーワードを詰め込みながら、それぞれを下手に出し惜しみしない事で、読者の興味を繋いでいきます。一方で、謎解きという面では展開が想像しやすい分弱かったり、あるいはさすがに都合が良すぎるだろうという所もあるけれど、二兎を追わずにサスペンス部分を前面に出したことは小説としていい方向に働いたと思います。

 物語の大部分を占める二人の医師の死の謎、明らかに不自然な状況にも関わらず死亡直後の剣士では病死の診断、さらに遺体は荼毘に付された為、再検証も出来ない状況。証拠集めすら難しい状況ですが、主人公を厚生労働省の役人に設定したことによって、立場を利用し医療関係者に圧力をかけ情報を集めるという手段が可能にするという荒業。実際にこういう関係がホントに成立するかどうかは謎ですが、なんとなく納得。

 厚労省にとって一大事の可能性があるからといって、命令でやたらハッキングを繰り返して関係者、時には国の機関から情報を抜いていくのはさすがに非現実的だなぁ、と思いつつ、で現実でもインターネットを通じて、機密文章が流出している事を考えると、案外厚労省の圧力よりリアルなのかもしれない・・・。

 事件の謎が真相に近づくにつれて、どうしても医学的知識が必要になってきます。医療をテーマに扱う小説では、ストーリーにしてもトリックにしても専門的な知識が必要になる事も多々ありますし、この小説でもそれは例外ではないのですが、物語のストーリーがそのものが明快なので、こういうトリックが使われてるんだろうな、というのが専門知識が無くても想像できるし、読んでて腑に落ちないというのはあまりなかったです。ただその知識を活かしたトリックを仕掛ける段においては結構な荒業なので、いくらなんでも無理じゃねぇと。

 このいくらなんでも、というのがこの小説の弱点なのかな〜。そもそも島根の寒村に住む一族がなんでこんなに権力を誇示しているかが分かりづらいので、その結果としていくらなんでもここまでする必要があったのか、むしろ何もしない方が良かったんじゃないかすら思ってしまったり。
 物語の謎の一つである雛祭りの祭祀に関しても同じように掘り下げが少し足りない気がするし、結果として物語の核の一つである奇病に関するエピソードも、終わってみれば無理に練り込まなくても成立したな、とは思ってしまいます。一つ一つのエピソードは物語の中で足し算的に面白さを足してくれますが、掛け算になるところまではいかなかったかな。

 それでも、新人の作品としては水準以上に纏まっているし、伏線的なところはきちんと回収できてます。なによりここまでスピーディーに読ませるのもすごいと思いまし、これ以降の作品も読みたいと思いました。

 最後にある意味一番驚いたこと。結構な医学的知識を散りばめつつ、分かりやすい所まで解体しているので、著者は医療関係の経験、あるいは理系よりの経歴の持ち主かなぁ、と思って略歴を見ると、「一本釣りの漁師をする傍ら・・・」って。

 なんかすげぇ・・・・。

 

採点  ☆4.0