『愚者の毒』(☆3.6) 著者:宇佐美まこと

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一九八五年、上野の職安で出会った葉子と希美。互いに後ろ暗い過去を秘めながら、友情を深めてゆく。しかし、希美の紹介で葉子が家政婦として働き出した旧家の主の不審死をきっかけに、過去の因縁が二人に襲いかかる。全ての始まりは一九六五年、筑豊の廃坑集落で仕組まれた、陰惨な殺しだった…。絶望が招いた罪と転落。そして、裁きの形とは?衝撃の傑作!

Amazonより

 刊行時にちょっと気になってた未読の作家さんの作品。70回日本推理作家協会賞受賞作という事で挑戦。

 高齢になり有料老人ホームに入った「私」の視点で、現在と過去が交互に語られる。小説としては、葉子と希美の出会いと、葉子の勤め先で起こった物語、斜陽の筑豊炭鉱でのある一家を巡る物語、そして過去の事件が交差していく伊豆での物語の三部構成。

 「私」の視点で語られる物語は陰鬱だ。冒頭の老人ホームでの場面で、「私」が過去に何らかの秘密を抱えてる事が分かる。家族に振り回され、人生のレールを外れていく生活。どんなにあがいても浮き上がることの出来ない人生に諦念と葛藤の狭間に揺れるヒロインたち。

 倒叙形式で書かれているだけに、「私」がなんらかの犯罪を犯した事は最初から分かっているだけに、どうしようもない泥沼の中からどう這い上がっていくのかがこの小説の一つの読みどころなのは間違いない。
 妹の子を連れ人生に諦めすら感じていた生活と、突然に訪れた武蔵野の屋敷での穏やかな生活の描写の対比、語り手の家族とそれを取り巻く斜陽の炭鉱での生活、そして物語の結末を迎える老人ホームでの生活の描写。『私」を取り巻くそれぞれに違う風景を、登場人物たちの心象を含めてリアルに描写している。

 「私」は、幸せな未来を掴むために手段を弄したわけではない。その未来すら具体的に描く力も無く只々今を抜け出したいと飢えているだけ。「私」が罪を犯さざるを得ない状況に追い込まれていく姿は絶望的だし、「私」が直面する世界は、けっして小説内の物語ではなく、読み手側にもいつ起こってもおかしくない、小説を通して現実社会の縮図を描いているといえるのかもしれず、現代の本格ミステリというよりも、かつての社会派ミステリに近いかもしれない。

 その為、いわゆる本格系、トリックや仕掛け重視の人にとっては、序盤やや物足りなく感じるかもしれない。序盤の展開の中で、勘の良い人はもしかしたらと思うだろうと想像できる。ただ、その部分に関して、著者は意外なぐらい早い時点で手の内を明かしてくるし、著者の描きたかった世界を表現するために使った手法の一つなのかもしれない。

 かといって、物語の伏線自体は丁寧に回収してあるし、正統派ミステリとしての手順もきちんと踏んでいる。不満が残るとすれば、ラストの展開があまりに急すぎて(特に心理描写)、それまで積み重ねたきた小説世界からすると違和感があるし、折角の印象的なキーワードでもある「愚者の毒」の持つ意味が今ひとつ小説の世界に埋没してるところだった。

 それでも、全体としては社会派ミステリ全盛の世界に少し戻ったような懐かしさを感じながら読むことができし、日本推理作家協会賞受賞作としても不満は感じなかった。
 


採点  ☆3.6