『死体鑑定医の告白』(☆3.2)  著者:上野正彦

イメージ 1

「事故ではありません。その人は殺されたのです」次から次へと依頼される「再鑑定」。本当の死因は何か。天才監察医が解き明かした難事件の真相とは…。数々のテレビ番組に出演。圧倒的な共感を呼んだ著者が書き下ろした衝撃の最新刊。ついに発売!



Amazonより

 上野さんの名前はこの本が出るまでは失礼ながら存じ上げなかった。たまたま書店でこの本を見かけて図書館に予約。順番が回ってくる間に過去の本を一冊読んで、さらにはたまたまテレビで取り上げられていたのを拝見した。

 元東京都監察医務院長であり、長い間監察医として多くの遺体を鑑定したきた著者の経験則であったり、退官後に持ち込まれた再鑑定に纏わるエピソードが綴られている。

 以前に読んだ本では、再鑑定を巡るちょっとしたドラマティックなエピソードが綴られていたのが印象的だった。この本もまたそれに近いエピソードが多い。息子を暴行の末殺された母からの未必の故意の証明、社内で練炭を炊いて死んだ女性は自殺なのか殺人なのか、保険金目当てが疑われる寺院火災などなど・・。

 転落死体についていた足の傷や、あるいは落下地点や骨の折れ方で事故か自殺かを分析したり、あるいは温泉でみつかった遺体の鑑定から死に至った光景を再現したり、これまでの鑑定で培った膨大なデータを駆使した論理的な検証を圧巻である。繰り返される鑑定書の内容など、専門的用語が続く場面もあるけれど、そこから導き出される結果と組み合わされると、もう頷くしかない。

 また、著者の鑑定は物理的状況だけでなく、経験則を元にした心理分析、あるいは統計的分析による死体の傾向から事件性の有無や再鑑定を行っている。最初は決めつけが過ぎるのかな、と思っていたが、その発想の根拠として傍証を固めており、そういうものなのか、と納得してしまう。

 恐らく手に取った読み手が一番期待するのは、こういったドラマティックなどんでん返しだろうし、自分自身もそれを期待して手に取った。しかし通読して一番感じたのは、著者の代表作のタイトルにもなった「死体は語る」という事こそが揺るぎのない信念である、という鑑定医としての矜持だ。

 再鑑定の依頼を受けた弁護士の有利になる鑑定をする法医学者もいるが。私は絶対にしないと心に決めている。もし依頼者の意にそぐわない結論になる場合は、再鑑定そのものを引き受けないことにしている。
 作中で語られる著者の矜持。冤罪を晴らすため、名声を得るために鑑定を行うのではなく、まず、あくまで死体が語る声を届ける為に鑑定を行うのであり、その先に冤罪や未解決事件の解決の糸口があるのだと。

 過度なドラマ性を期待してしまうと、著者の他の作品と比較して物足りなさを感じてしまうかもしれないけれど、死体監察官・死体鑑定の在り方の一端に触れるという意味では、読みやすい一冊であったと思う。


採点  ☆3.2