『謎の館へようこそ 黒 新本格30周年記念アンソロジー』(☆3.3)

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 「館」の謎は終わらない――。館に魅せられた作家たちが書き下ろす、色とりどりのミステリの未来!
奇怪な館、発生する殺人、生まれいづる謎、変幻自在のロジック――!
読めば鳥肌間違いなし。謎は、ここにある。新本格30周年記念アンソロジー第三弾。

Amazonより

 十角館から30年。新本格30周年を記念して編まれたアンソロジー集の一冊。

 同じく「館」をテーマにした「白」に続いての刊行だけれども、「白」が、本格ミステリとしての「館」が主役のような存在感を放っていたの対し、「黒」の収録作は館そのものの存在感は薄い。
 
 新本格の礎となった綾辻さんの「館」シリーズであったり「霧越邸事件」は、館そのものが仕掛け、あるいは意思を持つ存在だったし、それ以降続いた新本格のメンバーも歌野晶午さんの初期作品や二階堂黎人さんの「人狼城」、あるいは新本格以前の島田荘司さんの初期御手洗シリーズであったり、異端としての小栗虫太郎さんの「黒死館殺人事件」もまた、「館」が主人公だった思う。

 しかし、新本格誕生から30年が経過するなかで、「館」そのものの役割も変化していったのかもしれない。北村薫さん以降の「日常の謎」の隆盛であったり、あるいは過去の本格を解体し、構築しなおすようなアンチ・ミステリー的な作品も多く増えてきた。いわゆるライトノベル的な雰囲気を持つ本格も現在のミステリー界の中で一つの位置を占めている。

 その中で「館」そのものが、主役から世界の構成要素にその役割を変化させてきているように思う。「館」そのものが事件を引き起こすのではなく、まずそこに世界が有り、その世界ゆえに「館」が必要だったといえる。逆にホラー映画に代表される映像の世界においては、逆に館が主役の作品がメインストリームの一つになっているのも、比較してみて面白いかも。

 「白」がある意味、本格ファンが懐かしむ30年前の世界を現代風にアレンジしているとみるならば、本作「黒」は30年の時の流れから現在に至る流れを再確認するアンソロジーなのかもしれない。
 

『思い出の館のショウシツ』著:はやみねかおる

 体験したい物語を現実の世界でバーチャル体験させてしまう企画「メタブック」。館物をというリクエストを受けた新人エディター美月は、過去に体験した不思議な物語を思い出す。
 はやみねさんという事もあってライトな語り口で始まる物語は、「冥宮館」の消失が謎の中心ですが、館そのものよりもそれを取り巻く部分に謎の面白さがあったように思います。物語としては楽しめたし、某シリーズの読者としてはちょっとニヤッとする場面もあって、どちらかというと単純にはやみねさんのファン向けという作品かもしれません。


『麦の海に浮かぶ檻』著:恩田陸

  原野に浮かぶ元修道院の建物を利用した全寮制の学校。自由に外に出ることも出来ない閉鎖的空間に転校生として現れた一人の少女を巡る物語。
 恩田さんの某作品と似たタイトルを持つ短編、舞台となるこの館に名前は無い。この作品もまた館は作品の世界を彩る一つのパーツだ。物語もまた、恩田ファンには馴染みのあるものだし、ハッピーエンドとは言い難い結末の、どこか読者を置いていってしまうようなラストもやはり恩田作品だろう。館がテーマとして考えると物足りないが、ファンなら楽しめるかも。

QED 〜ortus〜 鬼神の杜』著:高田崇史

 QEDシリーズのヒロイン、棚旗奈々大学一年生の物語。節分の日、奈々の地元の神社で起こった盗難事件。解決するのはもちろんQEDシリーズの探偵役、タタルさん。
 ここでいう館はいわゆる神社の本殿になるのか、それを館といっていいのかどうか、とにかく徹頭徹尾QEDシリーズである。
 肝心の本殿の構造は出雲大社をモチーフにしているし、事件内で語られる鬼を巡る歴史の闇もどこかで読んだ事があるような気がするので、どちらかというとファンでもまたか・・・と思ってしまうのでは。短編なので分量も薄くとにかく印象には残りにくい。ファンサービス的な要素も無いしなぁ。。。

『時の館のエトワール』著:綾崎隼

 そこに泊まると時間を遡る体験ができるという不思議な宿泊施設。修学旅行のホテル選択でそんな不思議な噂のある「時の館」を選択した主人公は、未来から来たという人物とであってしまい・・。
 自分の未来を知るという人物に出会ったらどうするだろう。自分の未来を聞いてしまうのか、それとも聞かないのか・・悩むところだ。主人公の選択については読んでもらうとして、著者の文体とプチファンタジーな物語がマッチしていて、サクサク読める。後半の展開はなんとなく想像がついてしまうのだけれど、ツボを抑えているのでそれなりに楽しめるのでは。それだけに最後の一行が今ひとつ決まっていない気がするのが、ちょっと残念。


『首無し館の殺人』著:白井智之

 過去曰くつきの殺人事件が起きた館に興味本位に訪れ、監禁されてしまった女子高生たち。そこで再び殺人事件が起こってしまう。
 変則的な陸の孤島といえるかもしれないけれど、印象に残るのは館よりゲロだ。とにかく登場人物がゲロを吐く。殺害現場にゲロ、足跡にゲロ、重要なヒントもゲロ、とゲロまみれだ。登場人物も設定もいわゆるリアリティという意味では皆無だが、そんなことは作品の魅力とは関係ないよね。とにかくゲロの世界を堪能してください。


『囚人館の惨劇』著:井上真偽

 高速バスの転落事故の生存者が駆け込んだ屋敷は、かつて多くの女性を監禁していた「斧男爵」の館だった。救助を待つ生存者達だったが、待ち受けていたのは人外が跋扈しているとしか思えない連続殺人だった。
 最近気になる井上真偽さんの短編。ストーリー展開は海外のスプラッタホラーばりの展開。生存者たちがいかに事件の真相を突き止めようとしても、館にいるかもしれない人外あるいは霊の存在を否定することが出来ない。不可能を証明する「その可能性は〜」の作者である井上さんらしいアンチ・ミステリな香りが漂うし、ただのスプラッタで終わらない捻りの効いた真相も印象に残る。いわゆる本格ミステリとしての館をイメージすると肩透かしを喰うけれど、バランス的には収録作の中では一番だと思う。



 
採点  ☆3.3