『名探偵傑作短篇集 法月綸太郎篇』(☆4.7)  著者;法月綸太郎

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 新本格ミステリの牽引者・法月綸太郎が生んだ同名の探偵・法月綸太郎が型破りな謎に父・法月警視とともに挑む。
 その選りすぐりの短編集。会心の鉄道ミステリ「背信の交点(シザーズクロッシング)」、オカルト現象の裏側の犯罪劇「世界の神秘を解く男」、日本推理作家協会賞受賞の傑作「都市伝説パズル」、全6篇を収録。
 監修・解説/巽昌章Amazonより

 法月さんの短編傑作集。講談社新本格30周年記念企画の一環(であろうと思う)として、島田荘司さん、有栖川有栖さんとの同時刊行。他の二人に較べて若干地味というか、現時点でのAmazonレビューも法月さんだけレビューなし(他の人も少ないからあまり比較になってませんが)。でも、私が一番好きなのは法月さん。新本格の他の作家をいれたとしても上位かな〜。


『過ぎにしバラは・・・』
 図書館を回り、一貫性の無い読みきれない量の本を借り、すぐに返却に来て、また借りる女。一体彼女は何の為に本を借りているのか。

 図書館司書の沢田穂波が登場する短編シリーズの一編。殺人の起こらない、いわゆる「日常の謎」系統の作品だけれども、読後感は殺人の起こる小説よりも苦いかもしれない。
 似たような設定で違う結末の短編も合ったと思うのだけれども、推理の行き着く先が、別の短編では悪意であったのに対し、この作品では女性がその行動をせざるを得なかった理由に思わず同情(という言葉は不適切かもしれないが)してしまう。この作品ではトリックがある訳ではなく、あくまで動機を軸としたロジックにより構成されており、いかにものりりんらしい短編といえると思います。


背信の交点』
 穂波との旅行の帰りに乗った電車で偶然にも不審死の現場に巡り合わせてしまった綸太郎。事件はさらに心中事件へと発展していくのだけれども、、

 ミステリ✕心中=偽装トリック。といったら失礼かもしれませんが、どうしてもお約束を想像してしまうのはミステリ読みの業かも。特に今作のように出来すぎた死にはそれを感じます。二両の電車からそれぞれ発見された男女の死体はロマンティックな心中なのか、それと第三者が仕掛けた偽装なのか、というのは提示される謎。島田荘司御大の某長編にも似たようなシュチュエーションの物がありましたが、ストーリーの展開こそ似てるものの、方向性が違いました。この作品に関していえば、ラストの展開の一捻りがあることによって「過ぎにしバラは・・・」と同様にほろ苦いものが残ります。初読の頃の印象は残ってなかったのですが、読み返してみるとわりとまとまったいい短編でした。


『世界の神秘を解く男』
 ひょんな事から、ある心霊現象(ポルターガイスト)の実証実験に立ち会うことになった綸太郎。その実験検証中、事件が起きて・・・。

 TV番組用につけられた肩書に対する綸太郎自虐的な発言と、それにツッコむ法月パパ警視の会話の微笑ましさは本家クイーンを彷彿。さらには筋立てや小道具の使い方は現代版カーの趣きもありますが、物語のウェイトはオカルト部分ではなく、あくまで事件を通して浮かび上がる家族・人間関係の悲劇であり、自身の長編に繋がっていく当時ののりりん色が出てます。


『リターン・ザ・ギフト
 傷害事件で逮捕された男が、突然交換殺人計画を自供し始める。このことにより事件は思わぬ方向に進んでいく。

 のりりんの作品で交換殺人というと、長編『キングを探せ』が思い出されますが、あちらは4人での交換殺人がテーマでかなり手の込んだロジックが組まれてましたが、こちらの作品はオーソドックスな2人での交換殺人。にも関わらず、後味はこちらのほうが強烈。

 その大きな要因は、交換殺人を計画した動機というか目的にあると思います。動機に関してかなり特殊な設定でありながら、それを選択しなければいけなかった犯人の状況をきちんと描くことにより、その設定を成立させるだけでなく、物語の味わいそのものにもある種の余韻を残す。読み返してみて、こんな印象的な作品を忘れていたのか、と自分にびっくり。


『都市伝説パズル』
 2002年日本推理作家協会賞短編部門受賞作。アパートで発見された死体。現場の壁には当時流行っていた都市伝説を彷彿とさせる「電気をつけなくて命拾いしたな」の文字が・・。

 都市伝説を下敷きとしたプチスリラーな幕開け、証言を基に積み上げられたロジックの先にある意外な真相、そして再び都市伝説に戻りながら、後味がゾッとするラスト。
 個人的には2000年代を代表するあるいは、新本格以降の時代を代表する傑作だと思っています。とにかく全ての要素に無駄がなく、そのロジックの斬れ味は鋭い。なおかつそれだけ無駄の無い中で、都市伝説というパーツを取り入れる事によって物語のふくらみを出すことに成功している。ロジックと都市伝説という相反する様子が見事にシンクロしたラストの余韻は絶品。
 今回は再読でネタを知っているのにも関わらず、やっぱり圧倒されました。出来の良い推理小説は何回読んでも面白いものですね。

『縊心伝心』
 普通のOLが起こした予告自殺事件。一見ただの自殺と思われていた遺体から、他殺を示す兆候が見つかり・・・。

 事件に至るまでのエピソードの積み重ねであったり、犯人が事件を隠すためにほどこしたトリックも含めて、パズラーとしてみると収録作の中で一番かもしれない。といっても、のりりんらしく(?)そんなに派手な物ではないですが。むしろ「犯人は、なぜ自殺を偽装するのに、バレやすい首吊りを選んだのか」という疑問が、事件の真犯人とリンクすることによって、それまで歪に見えていたものが、実はなお歪つで複雑な物語だったことに気付かされる。


 こうして収録作を振り返ってみると、全体としてパズル的な要素は薄い。短編という分量の中で、トリックよりもロジックに力をいれているのが、のりりんの作風といえるのかもしれません。
 今回の収録作はそれぞれの事件の謎よりも、その家族であったり友人であったり、物語を構成する人物達の事件に与えた影響の方が印象に残ります。

 解説の巽さんが書いているように、『頼子のために』から『一の悲劇』『ふたたび赤い悪夢』と続く長編三部作の中で、家族の喪失と再生をモチーフにしながら、そのなかで後期クイーン的問題に苦悩する綸太郎を描いてきたが、作者の最初の転換点として、長編だけでなく、同時期の短編もまた注目されるべきなんだろうと思うし、ミステリ短編作家としての技量は同時代の作家達の中でも傑出した存在であることを改めて確信しました。




採点  ☆4.7