『巨大幽霊マンモス事件』(☆3.0)  著者:二階堂黎人

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ロシア革命から数年経ったシベリア奥地。
逃亡貴族たちが身を隠す<死の谷>と呼ばれた辺境へ秘密裏に物資を運ぶ<商隊>と呼ばれる一団がいた。
その命知らずな彼らさえも、恐怖に陥る事件が発生!
未知なる殺人鬼の執拗な追跡、連続する密室殺人、<死の谷>に甦った巨大マンモス……。

常識を超えた不可解な未解決事件を
名探偵・二階堂蘭子が鮮やかに解き明かす!

二階堂黎人作家生活25周年記念特別企画
評論「二階堂蘭子シリーズの四半世紀」(飯城勇三)を収録!

Amazonより

 長編新作としては、「覇王の死」以来。時系列的にはそれより前、「人狼城の恐怖」で渡欧する直前の物語。短編「ロシア館の謎」と同じく、シュペア老がかつて体験した事件を蘭子が解くという形をとった、いわゆるアームチェア・ディテクティブな構成。

 作品の大部分である過去の事件については、事件当時のシュペア老の偽名であるセルゲイ・エフルーシ、そしてセルゲイが秘境「死の谷」へと任務のため向うため、作戦として合流した商隊の隊長であるルカ・フロロールがそれぞれの視点で遺した手記を基に、シュペア老が小説として再構築したという形を取っている。

 そのオープニングでいきなり「双面獣事件」を彷彿させる断末魔の独白が。いかにも乱歩チックでありながらカーのようなハッタリ感満載の断末魔の表現はいかにも二階堂さんらしいし、レジェンド達と比べると、なぜか文章としてお尻の座りが悪く感じられるのも、やっぱりこの人らしい。

 ロシア帝政崩壊直後の情勢が分かっていないと、勢力として誰が見方で誰が敵か、あるいは思想がどこを向いているかわからない上に、生き残りをかけた裏切り行為もあったりするので、少々とっつきが悪い。
 それでも、死の谷への侵入を防ぐが如く大暴れする巨大幽霊マンモスや、その姿を見せないまま「商隊」の隊員を一人また一人と殺していき、ついには密室殺人が如き状況を作ってしまう「追跡者」など、物語設定のハッタリ感はこっちをワクワクさせてくれる。

 物語の核となる2つのストーリーのうち幽霊マンモスについては、導入こそ島田荘司著「奇想、天を動かす」に登場する雪の巨人のようなワクワク感が楽しいのだが、実際の解決部分のカタルシスは「奇想〜」のそれより数段落ちる。なにしろ手記を基にした小説の終盤で、蘭子が推理する前にその殆どの謎が明らかになってしまっている。しかもその真相が「結局それかい」という内容というのもあり、尻すぼみ感は否めない。「双面獣事件」も似たような部分はあったのだけれども、あちらの方が設定が突き抜けちゃった分、個人的には楽しかった。

 それに対して、商隊を狙う「追跡者」の正体と密室の謎については、近年の二階堂作品の中でも上位に来ると思う。
 トリックそのものについては、決して目新しい物ではないけれど、作品随所に散りばめられた伏線と作品そのものに潜んでいる仕掛けが上手く機能して、既存のトリックの再構築化がスマートに展開されていると思うし、足跡の無い殺人を扱った蘭子シリーズ「吸血の家」のトリックと肩を並べる出来だ。

 また作品全体を通して仕掛けられたトリックに関しても、ある有名な古典作品を彷彿とさせるところもある。文章の表現としては正直どうなのかな?と思う点は散見しているが、仕掛けに対するヒントそのものは過去の作品よりも分かり易く読者の前に提示されるので、謎を解こうと思えば解ける設定なのではないかな。

 全体としてミステリとしては一定水準にあると思うのだけれども、シリーズ物としてみると準レギュラーとして登場するシュペア老のキャラがこれまでの作品と比較して違和感があるなぁと感じたり、あるいは「ロシア館の謎」とのストーリーのバランスにおいて、読みながらあれと思ってしまう処理の不味さ(書き手としてちゃんとした理由はあるのだけれども、もう少し工夫して欲しかった)など、個人的には不満な部分も目につく。

 なにより、今回の小説を読んで改めて蘭子は安楽椅子探偵に向かないキャラだなと確信。元々二階堂蘭子という探偵は、懐古的なシリーズの世界観もあいまってややその個性が鼻につくキャラであり、好き嫌いも結構分かれている存在だと思う。
 それでも「人狼城〜」を初めとした、自らが事件に参加していく作品では、通俗スリラー的な世界観と本格ミステリとしてのロジックの架け橋的役割として魅力を放っている(と私は思っている)が、アームチェア・ディテクティブとなると往々にしてスリラー的要素が薄くなりミステリ部分とのバランスが崩れた結果、蘭子がそれほどでもない推理をさも大袈裟に披露する只の高飛車な女性になってしまう。

 近年は出産も果たし、アームチェア・ディテクティブな作品が続いているだけに、次回作は原点回帰のような作品を期待したい。だって、私は二階堂蘭子が好きだから。



採点  ☆3.0