『ユリ迷宮』(☆2.6)   著者:二階堂黎人

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 バイカル湖近くの豪壮な館が吹雪の中で忽然と消えてしまうトリックの見事な「ロシア館の謎」。コントラクトブリッジのパーティーという衆人環視の中で殺人が行われる「劇薬」。誰も入れない密閉状態の新築高級マンションで殺人事件が起きる「密室のユリ」の計三篇。
 名探偵・二階堂蘭子の推理が冴える初の短篇集。


Amazonより

 1998年初出の二階堂蘭子シリーズ、そして著者初の短編。
 著者は、いわゆる新本格ムーブメントの中でデビューした東京組の世代である。他の同世代デビューの作家達に比べると、舞台の時代設定もあってか乱歩を彷彿させる作風が特徴だと思う。とはいっても、初期の頃は本格ミステリとしての面白さも十分もっており、「吸血の家」での予期の中の足跡ない殺人の真相などは非常に出来が良かったと思う。

 しかしながら、世界最長の推理小説人狼城の恐怖」発表以降、特に蘭子のライバルとして魔王ラビリンスが登場して以降の作品は、より通俗性が強くなり本格ミステリとしての要素が著しく後退している。王道のミステリとしての水乃サトルシリーズ、懐古的な通俗推理小説としての二階堂蘭子シリーズという棲み分けがあるのかもしれないけれど、結果として二階堂蘭子の名探偵としての役割が弱くなってしまうジレンマに陥っていると思う。

 この短編集は長編4作目にあたる「悪霊の館」と5作目の「人狼城の恐怖」の間に発表されており、通俗的な作風の中にミステリとしてのトリックがまだ重要な位置を占めている頃の作品になると思う。

 1話目の「ロシア館の謎」は、当時蘭子たちのミステリ愛好会仲間であるシュペア老の体験談を蘭子が解くといういわゆる「安楽椅子探偵」物の作品に当たる。シュペア老がロシアの雪原を訪れた「吹雪の館」が一瞬にして消失してしまうというお話。ロマノフ王朝ネタを絡めて物語を壮大に見せているのはいかにも二階堂作品という感じだけれども、如何せん分量が短いので相乗効果は薄い。消失トリックに関してはあまりに伏線があからさまであり、また非ミステリである外国の先行作品を読んでいると大体想像がついてしまうのもあり、意外性という意味では弱いかな。後日談的なエピソードが今後の作品に活かされてくるかどうかでしょう。

 2話目の「密室のユリ」は、そのタイトル通り密室で発見された死体について、情報だけで蘭子が真相を言い当てる内容。シンプルで氏の特徴でもある通俗風味が殆ど無い作品だけれども、その分トリックメーカーとしての氏の弱さが出てしまってる。今更そのネタだけで構築しちゃうかい!!というレベルの作品。タイトルに出てくる小道具のユリの使い方もインパクトとしては中途半端かな、と思ってしまう。

 3話目の「劇薬」については、収録作の中で一番ミステリとしてのロジックが詰まっている。コントラクト・ブリッジ(トランプゲームである)の最中に起きた薬物死の真相を蘭子が解き明かすのだけれど、事件当時のそれぞれの容疑者の動きをインタビュー形式で表記したりヴァン・ダインの「カナリヤ殺人事件」の再現を目指した心理的証拠固めなど作品として色々な工夫はされている。
 ただ、途中で挿入されるコントラクト・ブリッジの詳細な説明については、読んでもさっぱりルールが理解できず、結局読み飛ばす事になったので、蘭子の言う心理的物証については、「はぁ、そうなんですね」というしかない。まぁ、著者の言うとおりルールを知らなくても事件の内容自体は理解できるのだけれども、読み味としてはリズムを損ねてしまっているかなぁ。

 全体として短編集ということもあり、著者お得意の通俗性の要素がかなり薄いので、トリックの弱さが際立ってしまうという少々残念な出来。解説で千街さんが匂わせているように、二階堂さんは短編よりも長編でこそ真価が発揮できる作家なのかな、と改めて思わせる作品集だったように思います。




採点  ☆2.6