『アクロイド殺し』(☆4.5)  著者:アガサ・クリスティ

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 深夜の電話に駆けつけたシェパード医師が見たのは、村の名士アクロイド氏の変わり果てた姿。容疑者である氏の甥が行方をくらませ、事件は早くも迷宮入りの様相を呈し始めた。
 だが、村に越してきた変人が名探偵ポアロと判明し、局面は新たな展開を…
 驚愕の真相でミステリ界に大きな波紋を投じた名作が新訳で登場。


Amazonより

 ポアロシリーズ第3弾にして、ミステリ史上語り継がれる問題作。基本的にミステリはネタバレ厳禁ですが、この作品こそまずはまっさらな状態で読んで欲しいですよね。

 前2作で相棒を勤めたヘイスティングス君に変わって、今回相棒兼語り部を勤めるのは村の医師シェパードさん。同じ独身のヘイスティングス君と違って、シェパードさんは自分の色恋沙汰には興味を持ちません。もしかしたらその原因は過剰までの詮索好きにして妄想家、後のシリーズ探偵ミス・マープルの原型でもある姉キャロラインのせいかもしれません。

 このキャロライン、隣に引っ越してきたポアロを美容師ではないかと推理。百戦錬磨のキャロラインに掛かってもその正体を掴ませなかったのはさすがポアロ。引退して育てていたカボチャを「出来が悪い」と憤慨してシェパードさんの庭にカボチャをポイポイ投げる姿は、甚だ迷惑。

 それでも村の名士アクロイド氏の刺殺体が発見され事件の調査を依頼されると、引退していたはずなのに特に深い理由もなく現役復帰、さすがの推理力を見せてくれます。

 隠し事ばかりの曰く有りげな名家の人々、そこに勤める執事もメイドもみんな怪しい。さらには正体不明の尋ね人や、村で過去に起きた女性自殺事件の真相を巡る脅迫事件まで絡んできて、古典ミステリのフルコースです。前2作もそうでしたが、作中に登場する人物が基本怪しいです。みんなやっちゃっててもおかしくない。さすがに違うだろというのは、刺殺体と確定しているにも関わらず毒殺説を主張する愛すべきキャロラインくらい???

 そう、誰もが犯人でもおかしくないのですよ。それにも関わらず、ポアロが導き出した衝撃の犯人は今も語り草になってます。
 何が言いたいかというと、この作品の第一の肝は犯人を巡る、フェアかアンフェアかという問題なのです。実際僕が初めてこの小説を読んだのは中学生の頃。創元版かハヤカワ版か忘れましたが、当時としては読みづらい訳文を格闘した先に待っていた衝撃に腰を抜かしました。

 その時の一番の感想は、フェアとかアンフェアとかではなく、単純に「ヤラレタ〜〜〜〜〜」でした。当時は犯人を解いてみようという気概もなく、ただただ単純に驚くことを繰り返していた少年でも、これほど驚いたことはそれまでなかったのでは、と思います。

 ただ、基本的に海外作品が苦手(ホームズ、ヴァンス、クイーン除く)なので、それっきり再読することもないまま日々が過ぎ、記憶の中には犯人とトリックの断片しか記憶に無い中、今回は新訳版ということで伏線に意識しながら再読。。。

 いやぁ、犯人を知って読んでしまうと、ううむ、ここまできっちり(時には露骨に)書き込まれていたんだなぁ、と正直びっくり。
 同じクリスティの「そして誰もいなくなった」も、フェアかアンフェアかと言われていましたが、若島正さんが評論「明るい館の秘密」(「乱視読者の帰還」収録)で従来の訳文の問題を指摘し、フェアな記述で合ったことを証明されましたが、もしかしたら新訳に当たってその部分も配慮しながら翻訳作業が行われたのかもしれません。

 そして、論争の中での一番の問題点については、ネタバレになるので触れられませんが、個人的に新訳版の笠井潔さんの解説や、霜月蒼さんが著書「アガサ・クリスティ完全攻略」で述べた感想に概ね同感です。今回再読し、総合的に考えてフェアだと思うし、そんなネタを放り込んでいるのに再読に耐えられるというのも、この小説のレベルの高さだと思います。

 いまや論争を巻き起こしたネタもスタンダードの一つとなり、バリエーションのレベルも高くなってきましが、それでもなお先駆者としてのこの小説の輝きが消えることは無いだろうな、と信じています。

 余談になりますが、ピエール・バイヤールの著書で「アクロイドを殺したのはだれか」というポアロの推理を否定し、合理的に真犯人を明らかにするというメタ・ミステリ論があります。現在廃版で中古でも高額で出回ってる作品。地元の図書館においてあったので、もう少しポアロを読んでから挑戦してみたいなぁって思ってます、はい。
 
 



採点  ☆4.5