『スタイルズ荘の怪事件』(☆3.8)  著者;アガサ・クリスティ

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 旧友の招きでスタイルズ荘を訪れたヘイスティングズは、到着早早事件に巻き込まれた。屋敷の女主人が毒殺されたのだ。難事件調査に乗り出したのは、ヘイスティングズの親友で、ベルギーから亡命して間もない、エルキュール・ポアロだった。
 不朽の名探偵の出発点となった著者の記念すべきデビュー作が新訳で登場。

Amazonより

 まず、私は熱心なクリスティ読者ではないことを告白します。なにせ中学生ぐらいの頃、「アクロイド殺害事件」「ABC殺人事件」「そして誰もいなくなった」を読んだだけ。「そして誰もいなくなった」については、先年若島正さんの「明るい館の秘密」(「そして誰も〜」の評論、「乱視読者の帰還」に収録」)を読んだ際に読み返したのだけれど、おそらくその4回ぐらいしか読んでません。

 それでもここのところクリスティ文庫を集めはじめ、そろそろ本棚もだいぶ赤くなってきたので、まずはポアロから順番に読もうとデビュー作のこの作品に挑戦。

 ポアロのイメージは、ホームズと較べて雰囲気がオシャレというか濃くない、というのが勝手な印象(ドラマのせい?)でした。実際に読んでみても、いかにもな年齢差のカップル、どことなく信用できない雰囲気の家族、心の中に何か隠していそうな同居人達、さらには毒理博士なんていう普通は登場しないだろうベタな職業もいるという、推理小説のベタな骨格部分を持ちながら、どこかカラッとした空気を感じさせてくれました。

 実際に起こる事件も毒殺事件が一つだけ。証拠品探しだったり、アリバイ探しだったりと実に地味な展開。正直ちょっと前半は勢いに乗れなかったです。でも、その中でちょっとした出来事や証拠品から灰色の脳細胞をフル回転させ、なんとか事件の真相を暴こうとするポアロの推理に惹かれていきます。

 このポアロさんという探偵、ちょっぴりキザで何事もきっちりとしておきたい’タイプにお見受けしましたが、そのルックスも含めて愛らしい。その推理の過程も決して天才型ではなく、一つの事象から様々なパターンを想像、ものすごい勢いで間違った推理を消して真相を掴むタイプなのかなぁ。証拠品が不十分な場合には間違った推理を導き出す可能性はあるんでしょうが、まだ何かが不足している事をちゃんと自覚して、控えるところは控えていて、一見硬そうに見えて、いきなりプロ◯◯ズしちゃうちょっぴり暴走キャラのヘイスティングスとの相性もすごく良かった。
 推理小説としてみた場合、ビックリするような斬新なトリックがあるわけでもなく(当時としては凝っていると思います)、またあっと驚く意外な真犯人といえるかどうか微妙だし、叙述トリックに代表される著者の仕掛けが在るわけでもないので、地味な部類に入るかもしれません。

 それでも、読者はクライマックスにポアロが犯人を指摘する場面にドキッとしてしまうんじゃないでしょうか。実際私もそうでした。これはある意味凄いことというか、小説としての力が際立っているともいえるでしょうし、早川の新訳版冒頭に掲載されているかなりネタバレ気味のヒントが語っている事が、この小説のもっとも優れているところだと思います。(但し、初読の時はこの冒頭の文章をあとで読んだほうがいいかもしれないです。僕は読んでてそれでも驚きましたが)。

 また、のちに描かれる代表作であり問題作ともいわれる某作品で見せるような、省略の技法、ある場面を意図的に一部の描写を省略させながら、ヒントをそれと気づかせない表現はデビュー作のこの作品からも感じ取ることが出来ました。

 僕自身との相性で言うとまだわからないのですが、さすがクリスティといえるハイレベルなデビューだとお思います。



採点  ☆3.8