『八月は冷たい城』(☆4.0)  著者:恩田陸

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 夏流城での林間学校に初めて参加する光彦。毎年子どもたちが城に行かされる理由を知ってはいたが、「大人は真実を隠しているのではないか」という疑惑を拭えずにいた。
 ともに城を訪れたのは、二年ぶりに再会した幼馴染の卓也、大柄でおっとりと話す耕介、唯一、かつて城を訪れたことがある勝ち気な幸正だ。
 到着した彼らを迎えたのは、カウンターに並んだ、首から折られた四つのひまわりの花だった。少年たちの人数と同じ数―不穏な空気が漂うなか、三回鐘が鳴るのを聞きお地蔵様のもとへ向かった光彦は、茂みの奥に嫌を持って立つ誰かの影を目撃する。閉ざされた城で、互いに疑心暗鬼をつのらせる卑劣な事件が続き…?
 彼らは夏の城から無事に帰還できるのか。短くせつない「夏」が終わる。



Amazonより

 直木賞に続き、本屋大賞も受賞。ファンからすれば嬉しいこと続きの恩田さん。我が母が出席したとある授賞式&パーティーで、今野敏さんにサインを貰って喜んでいたが、その集まりには恩田さんも出席していたらしい。そうと知っていたらサインを頼んどくんだった・・・。

 それはさておき、「七月に流れる花」の姉妹編にて、ミステリーランド完結編。

 「七月に〜」はいかにも恩田さんな不思議な世界観と、少女の揺れる感情を描いた作品だったけれども、姉妹編であるこの作品では「七月に〜」で明らかにされなかった謎が解明されていきます。順番的にも「七月に〜」から読んでいった方がいいのかな、と思います。

 「七月に〜」の世界観や展開に比べると冒頭から緊張感がある。これに関しては「七月に〜」の主人公がお城に関するある事柄を知らなかった(今作の中でもその点に触れられるが)からであって、今作の登場人物たちは城に集められた目的を知っているから、だと思う。
 目的を知っているだけに、主人公たちが直面する城での事柄に関しても、当事者の少年たちが受ける印象も恐怖感的なものが存在している訳で、同じ設定を使いながら別の作風にすることに成功している。

 ある目的の為に集められている少年達だけにどうして襲われなければいけないのか、という感情は読む側にも十分理解できる。さらには少年達以外には誰もいないはずの状況の中で、第三者の存在を疑わせる場面が続き、主人公の不安は増幅していく。

 その中でポイントとなるのは「七月に〜」と同じく「みどりのおとこ」あるいは「夏の男」と呼ばれる全身緑色の人物の存在だ。なぜ緑色なのか、という事については「七月に〜」でもすでに明らかにされているが、それでも不気味な存在なのに変わりはない。
 それは主人公だけでなく、読者にしてもそうだ。第三者の存在が疑われる事態になった時、まず頭に浮かぶのは「みどりおとこ」の存在である。

 物語が進むなか、「みどりおとこ」の存在の意味について「七月に〜」以上の事が中々明らかにならなかったのだが、突然みどりおとこが主人公にショッキングな姿を見せる。そして唐突に訪れる不思議な事柄の連鎖の終わり。城で直面した様々な現象の中で揺れる少年達の心。その中で主人公とその友人の間で語られる「みどりおとこ」の本当の姿。

 それはあくまでも主人公たちの推測に過ぎないながらも、単なる想像では片付けられないリアリティを持ち、そしてハードな内容ではある。城の生活の中で、自分を作っている世界の一つに終わりを告げられる少年。「みどりおとこ」の存在はそんな少年達の喪失の象徴ともいえる。そんな「みどりおとこ」の真実を通じ、少年は喪失と新たなアイデンティティの獲得を果たし、一つ大人の階段を登る。設定はファンタジーに近いけれども、少年が大人になっていく過程は読み手にとっても、かつて経験した、あるいはこれから経験する大人になる過程の物語と同質のものなのかもしれない。

 物語をきちんと終わらせながら、その先に余韻を残す。まさに恩田陸な作品であると同時に、「ミステリーランド」の掉尾を飾るに相応しい作品だと思う。


採点  ☆4.0