『聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた』(☆4.2) 著者:井上真偽

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 聖女伝説が伝わる地方で結婚式中に発生した、毒殺事件。
 それは、同じ盃を回し飲みした八人のうち三人(+犬)だけが殺害されるという不可解なものだった。参列した中国人美女のフーリンと、才気煥発な少年探偵・八ツ星は事件の捜査に乗り出す。
 青髪の探偵・上苙は、進化した「奇蹟の実在」を証明できるのか?

Amazonより

 奇蹟が実際に存在する事を証明するために、あらゆる可能性を否定する探偵・上苙丞。前作は上苙やフーリンといったキャラクターの個性が結構出ており、特異な構成も相まってかなりクセの強い作品(中国+ルビ)だったですが、2作目はミステリ部分がかなり端正に作り込まれていて、正統派ミステリとしても完成度が高かったなと思います。

 聖女伝説が伝わる村の婚礼で起きた毒殺事件を巡る三部構成の物語。その第一部は、事件前後の場面が描かれている。この場面では上苙は登場せず、自称弟子の八ツ星少年がその役割を担当。図面やアリバイ表まで登場して、シリーズらしからぬ(といっても2作目ですけど)ミステリっぽい構成。
 前作の荒唐無稽の推理のインパクトはないけれど、その分登場人物が自分の無実を証明する(あるいはなすりつけあう)為にそれぞれが推理を披露する場面は理由も含めてよく出来ているし、それを師匠ばりに否定しまくる八ツ星少年、否定しすぎて村に伝わる聖女伝説に基づいた奇蹟の可能性まで否定してしまい、ある意味袋小路状態になりますが、そこで挿入される予想外の一言。そこまでの推理合戦の意味を否定するかのような一言は、それまでが比較的カッチリ作り込まれていたので、余計インパクトを感じるのではないかと。

 それを受けての第二部。事件からしばらく経過した後、再度特異な環境の中で、八ツ星少年とフーリンは事件を再検証することになります。第一部の最後である事実を知った読者は、再び繰り広げられる推理合戦を第一部のそれとはまた違った視点で眺める事ができます。一作目がトリックの面白さはあるものの、ややパターンの繰り返しがテンポを損ねてるかな、と感じてたのですが、その部分が解消されてたと思います。
 また、同時に第一部と構成を変えることによって生まれる真実へのアプローチが、奇蹟の存在を証明する為のアプローチにもなっている。一作目はトリックの可能性についてはかなり荒唐無稽なアイデアがでてきましたが、奇蹟の存在証明の為の考え方は非常にシンプルだったですが、この二作目は、第二部のある登場人物を特異な環境に置くことによって、小説内の世界だけではなく、読者も作品のなかに、奇蹟の証明の為に引きずり込まれていきます。

 小説として多重構造になっていることで、二部の後半で満を持して登場した上苙(登場の仕方がカッコいい)と他の人物の推理合戦(やっと前作ばりの荒唐無稽さが出て来る)にしろ、単に奇蹟が証明されるか否かだけではなく、物語そのものにも厚みを生み出していると思います。

 そして事件が終わった後のエピローグ的な第三部。ここで探偵はある一つの事に気づきます。その事によって、また事件は違う色を見せてきます。この展開についてはある意味シリーズ上やむを得ないのかもしれないですが、この部分に今まで気づかなかった理由付けがそれまでの展開に比べ弱いかなと思いました。まぁこの点は小説の肝である「奇蹟の証明」そのものが難問であると同時に、永遠に難しい場面なのかもしれません。

 「奇蹟の証明」の表現の仕方、小説としての構成、ミステリとしてのロジックと、どの部分においても前作よりレベルは高いと思います。ただ、その半面、前作で見られたキャラクターの濃さ、物語のハッチャケ度(奇蹟度?)は薄くなったような気がするし、どっちが好きかと言うと意見は分かれるかもしれません。
 星はこちらの方を高くしましたが、好きか嫌いかでいうと、一作目の方が好きかも・・・。



採点  ☆4.2