『がん消滅の罠 完全寛解の謎』(☆4.5)  著者:岩木一麻

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 日本がんセンター呼吸器内科の医師・夏目は、生命保険会社に勤務する森川から、不正受給の可能性があると指摘を受けた。夏目から余命半年の宣告を受けた肺腺がん患者が、リビングニーズ特約で生前給付金3千万円を受け取った後も生存しており、それどころか、その後に病巣が綺麗に消え去っているというのだ。同様の保険支払いが4例立て続けに起きている。
 不審を抱いた夏目は、変わり者の友人で、同じくがんセンター勤務の羽島とともに、調査を始める。
 一方、がんを患った有力者たちから支持を受けていたのは、夏目の恩師・西條が理事長を務める湾岸医療センター病院だった。その病院は、がんの早期発見・治療を得意とし、もし再発した場合もがんを完全寛解に導くという病院。
 がんが完全に消失完治するのか? いったい、がん治療の世界で何が起こっているのだろうか―。

Amazonより

 余命半年の宣告を受けたがん患者から生命保険のがん給付金を受け取った後に、がんが綺麗に消え去ってしまう。タイトル・あらすじから分かる通り医療ミステリであり、事件のそのものも殺人だ、誘拐だというのではなく、医学ど真ん中である。それだけに本当に解き明かすことができるのか、と心配になるぐらいネタ振りである。
 この手の作品はどうしても医学用語や知識の羅列にお付き合いしなければいけない。この作品も当然そういう場面が多い。ただ、その手の作品の中ではイメージが湧きやすいというか、意外と分かり易く読めた。これは医学的に検討の俎上にのるポイントが絞られているからか、それとも作者の提示の仕方が上手いのか分からないけれど、読む分にはありがたいことだった。

 この不可思議な事件の鍵を握っているであろう人物の存在は比較的早い段階で想像がつくし、作者も隠すつもりもないであろう感じだ。逆にそうすることによって事件そのものだけでなく、動機の部分についても謎が濃くなってくる。

 そんなケースに挑んでいくのは、日本がんセンターの医師と、生命保険会社の担当たち。医療の面、保険詐欺の面とそれぞれの立場この謎を検討していく。彼らには積極的に謎を解く義務を課せられていない。それでもなお事件の謎に向かっていくのは、解決するというより知りたいという欲求からかもしれない。

 彼らはがん消滅の謎について、それぞれの立場から様々なアイデアを出し合っては可能性を潰していく。彼らが出すアイデアは、決して実際の医学であり治療の面から検討されていくので、実際に可能であるかはそうでないかは別にして、案外と読み手の頭のなかに浮かぶ推理と近い事が多いと思う。そういう点では登場人物の思考と読み手の思考がシンクロしていると思うし、そうなるようにストーリーの組み立ても練られていると思う。

 様々な可能性が潰されるなか、「どうしてガンは消えたのか」という真相については、きちんと意外性がある。医学的な知識が多少必要なところがあるから、というのもあるけれど、一方でその考えにたどり着けなくは無い伏線も張っている。なにより、医療の部分とミステリの部分が密接に絡まっているので、こちらとしては謎の解明に唸るしかない。

 そして本書のもう一つのインパクトは、一応の解決を見た後のエピローグにある。ここで語られる物語こそ予想外であり、強烈な後味の悪さを残してくれる。物語の序盤で提示された言葉、

 「医師にはできず、医師でなければできず、そしてどんな医師にも成し遂げられなかったこと」

この言葉の意味を噛みしめるしか無い。
 事件の動機についてそこまでするかという点はあるもののの、総じて医療ミステリとしての完成度は高いと思う。


採点  ☆4.5