『毒殺魔』(☆4.9)  著者:若一 光司

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砂の器』『飢餓海峡』に匹敵、そして『虚無への供物』へ通じる平成の社会派ミステリの一大傑作、登場! 

 仕事中に大骨折した日読テレビのディレクター広川英樹は、リハビリの苦しさと恋人を失った寂しさから一人暮らしの自宅に風俗嬢リョウを呼んだ。単なるサービスを超えた彼女の優しさに広川は恋愛感情を持ってしまう。リョウが去った部屋には「建築家・加賀雄二郎」の名前と住所が記した紙片が落ちていた。
 ほどなくして報道される加賀の殺害事件。死因は正体不明の毒物による中毒死だった。広川はリョウの犯行を疑い、再び連絡を取ろうと試みるが、すでにリョウは風俗店を辞め沖縄に飛んでいた。そして、すぐさま起こる東京白金台の児童公園での四人の子供の毒殺事件。続いて今度は大阪の公園でも三人の子供と一人の親が殺害された。どれも同じ毒物による無差別大量殺人だった。
 犯人はリョウなのか? 彼女はどこにいるのか? そして動機は? リョウの怒濤の告白で疾駆する慟哭と驚愕のラストシーン!

Amazonより

 タイトルと帯文、粗筋に惹かれて図書館で借りる。

 うーむ、これ程タイトル・粗筋と読後の印象が違う作品も珍しい。粗筋だけ読むと、サスペンス・ミステリ小説としか想像できないけど、帯には社会派と謳っている。結論から言うと、読後の感想としては社会派ミステリだ。それも息苦しいほど重すぎる内容の。

 小説の骨格としてあるのは沖縄と本土を巡る物語であり、実際に作中でもこの部分に多くのページを割いている。
 沖縄と本土というと、今は基地移設問題がクローズアップされているけれど、それだけが歴史ではない。沖縄以前の琉球王朝時代を含めて複雑な歴史を持っている。一面だけでは語れない沖縄の歴史を簡潔かつ迫真の筆致で描いている。それでも、やはり一番大きなピースとなっているのは、戦中・戦後の関係性であり、連続毒殺事件の遠因ともなっている。

 ネットニュースのコメント欄を見ていると、沖縄(基地)問題を巡るニュースでは、アンチ沖縄な発言が多い。「プロ市民」だ「被害者ビジネスだ」という感じで。実際に作中でも同様の意見を言う登場人物もいる。その言葉が正しいか正しくないかは別として、コメントに賛成するにしても批判するにしても、私達が知っていることが少なすぎるんじゃないだろうか。

 中盤、事件の犯人は新聞に犯罪の動機についての手紙を送ってくる。そこには沖縄に無関心な本土へ怒りが事件を起こした、というような事が書かれている。たとえどんな理由があろうとも、殺人を正当化するのは違うと思うし、その部分を無自覚に描いている小説はあまり好きではない。例にだして申し訳ないが、石持浅海さんの一部の小説について、犯罪(殺人)に関するあまりに無自覚な登場人物とハッピーエンド的な終わらせ方がどうしても納得出来なかった。

 本作の犯人についても、その動機はあまりに身勝手であると思う。しかしながら、それでもなお犯人の思いについて理解できるかもしれないという思いが湧いてくる。もちろん、この事件の犯人が自分の起こした事件の身勝手さ、そこから起こるであろう非難に対して自覚的であったからというのもあるが、それ以上に説内で取り上げられた現実の事件・事故をベースした沖縄を巡る問題が、犯人の抑えきれなかった怒りの気持ちに上手く結びついているからだ、と思う。それほどにこの小説で描かれた沖縄はリアルを感じさせたし、強烈なまでに濃密だ。

 作中の沖縄史観を一面的だという思う人もいるだろうし、それを肯定することも否定することもできない。それほどに私は沖縄を知らない。作中の濃密さをセンチメンタルすぎると感じる人もいるだろうし、殺人事件と歴史を結びつけた犯人に共感できない人も多いと思う。文章的に硬い所もあるし、ストーリー展開にやや不満が残るところもある、おそらく評価も読み手によってすごく変わってくるだろうと思うし、それもまた間違いではないと思う。それほどに癖の強い作品だが、私はその癖を評価する。




採点  ☆4.9