『沈黙法廷』(☆3.5)  著者:佐々木譲

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 東京・赤羽。絞殺死体で発見されたひとり暮らしの初老男性。親譲りの不動産を所有する被害者の周辺には、多くの捜査対象が存在する。地道な鑑取り捜査の過程で、家事代行業の女性が浮上した。しかし彼女の自宅に赴いた赤羽署の捜査員の前に、埼玉県警の警察車両が。彼女の仕事先では、他にも複数の不審死が発生していた―。
 舞台は敏腕弁護士と検察が鎬を削る裁判員裁判の場へ!無罪を主張する被告は証言台で突然、口を閉ざした。有罪に代えても守るべき何が、彼女にあるのか?
 丹念な捜査、緊迫の公判。新機軸の長編ミステリー。
Amazonより

 佐々木さんの作品は記事にあまりしてないけれど、そこそこには読んでます。そんな著者の作品群の中でも珍しい法廷小説。

 事件は赤羽の街で起きた独居老人殺害事件から始まる。事件の捜査が進む中で浮かび上がったのは家事代行業の女性。そしてこの女性の周りでは別の不審死事件が起こっていた。
 物語の構造は一時期世間を騒がせたいくつかの婚活殺人事件を彷彿とさせる、というよりも下敷きにしてる。ヒロインの女性の過去に纏わる過熱した報道合戦。その真偽は別として、現実の世界でも見られたものだし、まるで真実のように物語を創作するワイドショーの姿もそうだ。このあたりは情報に溢れた現代社会の問題提起となっている。

 また、事件を追う警察内部の争いも皮肉を持って描かれている。2つの事件の容疑者となったヒロインを先に逮捕すべくぶつかりあう警視庁と埼玉県警の手柄争い。そこに刑事のプライドを振りかざし事件の真相を決めつける刑事も登場して、事件の捜査はどんどんズレていく。この不毛な戦いの描き方は、さすが警察小説はお手の物といえる著者らしい出来栄え。相手に先んじようとしながら、一方で証拠が足りなくても相手が逮捕しても合わせ技でなんとかなるだろうといういやらしさ。でもこのいやらしさが、実際にありそうで怖い。

 そしてここまでで実に全体の2/3以上が過ぎている。まだ法廷が出ない。残り少ない分量の中で、焦点は犯人が誰かではなく、ヒロインが犯人か否かに絞られてくる。しかも、この段階になっても、読み手は事件の真相について確証が持てない。分厚い分量を一気に読ませる文章の吸引力も合わせてここまでは非常に盛り上がってきたのだが・・・

 うーーーーーん、なんでこうなるのか。いや、裁判の結末自体は予想の範囲内だと思う。法廷での焦点が犯人か否かなので、結末自体の選択肢は少ないのでしようがない。
 問題はそれまで多くのページを割いてきた捜査場面が、法廷場面の中で活きてこない事だ。粗筋にもある通りヒロインは法廷のある段階において突然黙秘に転じる。一体その理由はなんなのか。これは小説の中で重要なポイントだけれども、分かってみると、確かにその理由は分からなくないけど、それまでのストーリーの中でそこを感じさせてくれる場面が少ないので、今ひとつ納得のできる感じでは伝わってこない。それ以上に沈黙したヒロインが口を開き始める理由がピンとこなくなってしまう、え、それだけのような。構成上、捜査場面でヒロインのキャラを明らかにするのはそれはそれで面白みに欠けるだろうな、と思うので、法廷場面になってからでも少しずつ見せてほしかった。

 そして本の最後で語られるモノローグ。おお、ほんとに作者が言いたかったのはこれなのか!!でもピンとこないぞ。いや、たしかにそこは最後まで引っ掛かってたところだったけど、そこまで積み立ててきた雰囲気からの振り幅が大きすぎるので、あまりに煙に巻かれたような読後感になってしまった。

 全体としてのリーダビリティ、テンポの良さは相変わらずなだけに、クライマックス部分が駆け足になってるように感じるのは惜しいなぁ。。。




採点  ☆3.5