『ジェリーフィッシュは凍らない』(☆4.0) 著者:市川憂人

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 特殊技術で開発され、航空機の歴史を変えた小型飛行船〈ジェリーフィッシュ〉。その発明者であるファイファー教授を中心とした技術開発メンバー6人は、新型ジェリーフィッシュの長距離航行性能の最終確認試験に臨んでいた。
 ところが航行試験中に、閉鎖状況の艇内でメンバーの一人が死体となって発見される。さらに、自動航行システムが暴走し、彼らは試験機ごと雪山に閉じ込められてしまう。脱出する術もない中、次々と犠牲者が……。
 21世紀の『そして誰もいなくなった』登場! 選考委員絶賛、精緻に描かれた本格ミステリ。第26回鮎川哲也賞受賞作。

Amazonより

 鮎川哲也賞受賞作にして、「このミス2017 10位」「本格ミステリ2017 第3位」。竹本さんの『涙香迷宮』はこのミスと本ミスの順位が逆じゃないの?と思ったけれども、この本のこの評価のされ方は納得。なんせ謳い文句が「21世紀の、そして誰もいなくなった」なわけだし。

 自動運転が暴走し雪山の中に不時着した新型飛行船の中で起きる連続殺人事件をリアルタイムで描く章と、舞台となった飛行船が発見され事件の真相に挑んでいく刑事たちの章が交互に描かれ、そんでもって間には事件の動機(?)っぽいことについてのインタールードが挿入されます。

 刑事の章の一番最初に、飛行機の中ではすべての人間が「他殺体」で発見されている。その死体の数は、僕らが読んでいるリアルタイムの章の機内の登場人物の数とピッタリ。おお、「誰もいなくなった」じゃ^^本家は孤島だけれどもこっちは雪山。でもどっちも本格ファン大好物のシュチュエーション。しかもホラーやサスペンス強めな要素が無く、とにかく本格な「クローズド・サークル」。今の時代、なかなか長編で純粋培養的な本格を読むことが無いので、ちょっと懐かしいような気分。

 そうはいっても事件の謎に挑む刑事コンビは今風。若干キャラは探り探り書かれてるような気もしなくはないですが、とりあえず思いつきを連発する女性上司に、冷静にツッコむ部下(日本出身?)。U国、R国、J国(アメリカ、ロシア、日本?)的な表現も今風な匂いを漂わせてくれます。文章もくどく感じることもなく読みやすい。ジェリーフィッシュという新型飛行船が舞台ということもあって、専門的な用語も飛び交うけれど、女性上司の知識もたぶん同じ程度なので安心して読めます(笑)。
 このコンビはこの作品だけなのかなぁ。巻数を重ねていったら、もっと板についたコンビっぷりが楽しめそうな気がしますねぇ。

 「そして誰もいなくなった」的容疑者は6人と本家に比べて少ない。地上の調査結果に思考が右往左往されるけど、ヒント的なインタールードもあるので、ある程度真相にたどり着けなくは無いと思う。真相が明らかになった時に、作者が丁寧に伏線を張り巡らせていた事、描写に細心の注意を払っていた気づく。
 そして、さらに物語のクライマックスで登場人物が投げかける一言。ああ、この小説は「21世紀の、十角館の殺人」でもあったんだなぁ。。本家ほどに一発で物語を変える言葉じゃないけれど、もっともこちらが知りたかった事を聞くことによって、物語を開かせるキーワードにはなってると思う。

 物語的にやや起伏に乏しい印象は残るし、動機の描き方にもすこし不満はあります。けれどもその不満を補ってあまりある本格の薫りと、偉大なる過去へのオマージュ、あるいは挑戦をやり遂げた著者に乾杯。


採点  ☆4.0