『怒り』(☆4.3)  著者:吉田修一

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まずはあらすじ。

 若い夫婦が自宅で惨殺され、現場には「怒」という血文字が残されていた。犯人は山神一也、27歳と判明するが、その行方は杳として知れず捜査は難航していた。
 房総の漁港で暮らす洋平・愛子親子の前に田代が現われ、大手企業に勤めるゲイの優馬は新宿のサウナで直人と出会い、母と沖縄の離島へ引っ越した女子高生・泉は田中と知り合う。それぞれに前歴不詳の3人の男…。
 惨殺現場に残された「怒」の血文字。整形をして逃亡を続ける犯人・山神一也はどこにいるのか?『悪人』から7年、吉田修一の新たなる代表作!


 実に「悪人」以来の2冊めの吉田修一。これまた映画版が気になって、その前に原作に挑戦ということで古本屋で購入。文庫で購入したけれど、単行本の時に厚めの装丁で上下巻だったということで覚悟していたのですが、思ったより薄い。うーむ、これは一冊の本でも出せたんじゃないか・・・?

 それはともかく、3人の謎の男の物語、さらには刑事視点も含めて4つのエピソードを並列して描くスタイル。それぞれのエピソードは独立して進行していく形態ながら、バランス良く配置されており、読みにくさは全くありません。導入部からのリーダビリティもあり、一気に読めました。
 物語の発端となる事件の不気味さ、ただ「怒」という言葉を残した犯人の陰鬱さ。犯人の内面が全く想像できないので、それぞれの場所に現れた男達がみんな怪しく見える。それぞれの物語において、謎の男たちだけでなく迎え入れる側の登場人物たちもみんな鬱々してるのがなんとも重い。ちなみに映画版の配役を想像するとなお重くなりましたが^^;;
 それぞれのエピソードもそれなりに良く出来てると思うし、少しずつ小出しにされる山神と謎の男達の共通点が、誰が山神なんだと読者の想像力を掻き立てますね。
 下巻に入ると少しづつ山神が誰か絞らてきます。正直途中まではみんな山神じゃないのではとも疑ってました(笑)。ただ、山神では無かった人のエピソードも最後まできちんと伏線を拾ってるので、捨てエピソードになってません。
 ただ、終わってみるともう少しそれぞれのエピソードがボリュームがあってもいいのかなぁという気もちょっとだけしました。その理由としては、多分この小説がミステリ系の作品ではなく、ミステリの枠組みを借りた文学作品のような気がするからです。そうなると、もっとそれぞれのストーリーから滲み出るものがあってもいいような気がします。


以下ネタバレ。









 おそらく殆どの人がそう思うのでしょうが、犯人である山神の「怒り」が結局最後まで分からない所をどう考えるのかが、この小説の感想で一番大きいところだと思います。おそらく著者が描きたかったのはミステリではなく・・・と思った理由がここで、それを描いてしまうと山神の怒りが著者の一番描きたかった事とどうしても思ってしまうのを避ける為にこういう方法にしたのではないかという気がします。登場人物の怒りすべてが作者の描きたかった事だと。

 ただ。。。それにしても、描かれなさすぎかなと。他の登場人物の怒り(自分に向けたものにしろ、他者にむけたものにしろ)についてはたとえ直接書いてなくても行間から滲み出てきてると思うのですが、山神に関してはにじみ出てくるのは悪意だけで、その理由を推察できるものが少なすぎます。
 結局、幸福な人への嫉妬なのか~ぐらいしか想像できない。麦茶のエピソードにしても、自分より弱いと思ってる女性に心配されるというところでの鬱積の爆発とか・・・。
 小説の方向性としては、直接描かないという今回の手法はありだと思います。ただ、そこにいたるまでの積み重ねがもっとないと、勝手に想像してくださいね的な印象にしかならないと思うし、実際そう思う人が多いと思うんですよね。せっかく印象的な「怒」の文字の使い方をしてるのに、すごくもったいないよな~~~。





 とまあ、いいところと不満なところの落差は大きいですが、これがいったい映画になるとどう表現されるのか結構楽しみです。キャスト陣もかなり豪華だし。絶対見に行くんだろうな~
 



採点  ☆4.3