『裁きの終わった日』(☆4.5)  著者:赤川次郎

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まずはあらすじ。

大富豪が殺された。高名な犯罪研究家が事件を解明しようとしたその時、犯人と名乗り出た娘婿はナイフで研究家の心臓を一突きに!この事態を皮切りに一族を巡る企みは回り出す。失脚工作、浮気の復讐…様々な思惑や打算が渦巻く中、詳細を黙秘する娘婿は果して犯人なのか?赤川ミステリー初期の傑作長篇。

Amazon用あらすじより

 久しぶりの竹本健治さんに続き、もっと久しぶりの赤川次郎さん。それこそ最後に読んだのはいつ何の作品?っていう感じです。とはいっても、僕らの世代(その前後の世代もでしょうか?)は必ずと言っていいほど通った道。「三毛猫ホームズ」に「三姉妹探偵団」、「幽霊シリーズ」「杉原爽香シリーズ」など、あの頃は有名シリーズはほとんど読んでましたねぇ~。中には未だ継続中のシリーズもありますが、今の世代にはどれくらい読まれてるんでしょうか?

 そんな赤川さん、ライトなユーモア・ミステリ調の作風が多く非常に読みやすい文章なのですが、それゆえにある程度濃い推理小説(笑)を読み慣れてくると、読みやすさが軽さに感じてだんだん読まれなくなる気がします。まぁ私もそんな一人でいつのまにか読まなくなってしまいました。とはいっても、シリーズ・ノンシリーズを問わず素晴らしい作品も多いわけで、ミステリ分野の「三毛猫ホームズの推理」や「マリオネットの罠」は印象に残ってますし、ミステリ以外でもも「禁じられたソナタ」に代表されるモダン・ホラー系の作品でも傑作は多いと思います。

 ということで、今回あるミステリ紹介本で紹介されていたこの本を手にとってみました。
 
 物語はある大富豪の殺人事件の真相がいよいよ探偵の手で明らかになるという場面から始まるのですが、犯人を告発する前に大富豪の家族の一人に刺殺されてしまいます。ミステリの中にはクライマックスから始まって、そこから事件を遡るパターンの作品(麻耶さんの「あいにくの雨で」とか京極さんの「絡新婦の理」とか)もあるのですが、この作品はあくまでここから物語が続いていきます。

 探偵を刺した犯人は大富豪殺しも自白しますが、その動機については黙秘を続けます。殺された探偵の息子が、父殺しの犯人の娘や警察と協力しながら事件の真相を追っていく中、大富豪一家やそれを取り巻く企業関係者のの思惑が絡み合って・・・というのがだいたいの流れ。
 大富豪一家に彼らが経営陣にいる企業の関係者など、登場人物が結構多く、しかもそれぞれにエピソードを持っているので頭がこんがらがりそうですが、そこはさすがの赤川さん、サラッと読みやすい筆致の中でキャラの書き分けがしっかりしていて、意外とすんなり頭に入ってきます。

 とにかくそれぞれの登場人物のエピソードが入れ替わり立ち代り描かれているので、探偵の視点で読むというより、それぞれの人物のある意味生々しく共感しにくい愛憎劇を楽しむ感じ、なんだかかつての昼ドラチックです。とにかくどこをとってもいわゆる普通の善人ポジションの人がいない!!とはいっても、狂った人ばっかりというわけでもなく、とにかく自分勝手な人が多くてウンザリなエピソードばっかりですが、赤川さんの筆致がいい感じにマイルドに和らげてくれるます。とはいっても、大富豪殺しで一度逮捕されて釈放された大富豪の孫のダメ人間っぷりは酷かったですが^^;;

 とにかくそんなエピソードが赤川さんらしくサラッと早いテンポで切り替わっていくので、見事なくらい真相が見えてきません。とりあえず、誰が殺してもおかしくないし、でもその割に動機が見えないし。正直ラストの直前ぐらいまでは真相のなんとなくのイメージも出来なかったし、物語の着地点もまったく見えず、とにかく読み進めるしかありませんでした。

 そしてやっとこさ事件が解決して、エピローグ。事件の中のある登場人物たちが偶然出会うという後日譚が描かれ、そこで本編で明らかにならかった部分が語られるわけですが・・・いやあ、とにかくクロい(笑)。多分、ここで語られるエピソードについては、ほとんどの人が共感できないというか、余りにも無茶すぎて結局事件に余計な犠牲が出てるんじゃないかと思います、納得出来ない人も多い(多分納得できなかったら、嫌いな作品になる可能性も)と思います。ただこの辺りの展開は初期の石持浅海さんのように無理やりいいエピソード、というよりも歪んだ人間の心理に共感させにしようとして違和感が半端なかったのに比べて、赤川さんはあくまで淡々とドライに描いてる分、クロさだけが染みのように広がっていきます。

 そして、最後の1ページでのある登場人物の台詞、一気に物語の世界観を反転させるというか、ほんとにゾワッとさせられました。正直、物語上そのエピソードが必要なのか?という部分もあったり、若干物語を進行させるためだけに存在してしまった登場人物もいたりして、ゆるい部分もあるのですが、このたった6ページのエピローグ、そしてラストの台詞の異様な迫力ですべてをチャラにして、傑作になったと思います。

 赤川さんの作品の中では決して有名ではない作品なのでは?と思いますが、テンポの良さ、読めない着地点、反転する物語、強烈な読後感。
 僕はどれをとっても大満足な作品でした。



採点  ☆4.5