『リップヴァンウィンクルの花嫁』 監督:岩井俊二

あらすじ

 派遣教員として働く皆川七海。仕事に燃えるわけでもなく、生徒たちにも軽んじられている彼女は、SNSで知り合った鶴岡鉄也と結婚することになった。式に出席してくれる友人が少ないことから、結婚式の代理出席を何でも屋の安室行舛に依頼する。新婚早々鉄也の浮気が発覚すると、鉄也の母カヤ子から逆に浮気の罪を被せられ、家を追い出されてします。苦境に立たされた七海に、安室は奇妙なバイトを次々と斡旋。そこで七海は里中真白という個性的な女性に出会う。

 	
スタッフ

原作・脚本・監督 - 岩井俊二
エグゼクティブプロデューサー - 杉田成道
プロデューサー - 宮川朋之、水野昌、紀伊宗之
制作 - ロックウェルアイズ
撮影 - 神戸千木
美術 - 部谷京子
スタイリスト - 申谷弘美
メイク - 外丸愛
音楽監督 - 桑原まこ
 
キャスト

皆川 七海 - 黒木華
安室 行舛 - 綾野剛
里中 真白 - Cocco
鶴岡 カヤ子 - 原日出子
鶴岡 鉄也 - 地曵豪
高嶋 優人 - 和田聰宏
滑 - 佐生有語
皆川 博徳 - 金田明夫
皆川 晴海 - 毬谷友子
恒吉 冴子 - 夏目ナナ
里中 珠代 - りりィ





傑作である。
少なくとも僕にとってはここ何年か、もしかしたら2000年に入っで一番好きな作品になったかもしれない。
もともと大好きだった岩井俊二監督、『花とアリス』以来12年ぶりとなる国内実写映画。三時間の長尺の中で繰り広げられたのは、紛れもなく映画監督を目指していた頃に憧れていた岩井俊二の世界そのものだった。
 ハンディカムを多用しながら、決して構図のバランスを崩すことなく、役者や背景と共に場面そのもの、映画そのものの空気を感じさせる映像は、岩井俊二以外の何者でない。

この作品の感想を書くとき、難しいのは何を話してもネタバレになる可能性が高いこと。
実際僕が見に行った回では、上映前に美術監督の部谷さんの舞台挨拶があったけれども、同じようにコメントされて、映画の内容にはほとんど触れませんでした。

以下ネタバレを含みます



 映画は虚構の物語である。その虚構の世界の中で、確信的にさらに虚構の世界を積み重ねていっている。
 冒頭でSNSで鉄也と出会う場面、授業で声の小ささを生徒にからかわれる場面、七海の姿には主体性を強く感じさせない。なんとなく相手の言葉に反論できず、従ってしまう存在。一方で匿名のSNSでは、自分の言葉を漏らす。また、不登校の生徒を相手にパソコンで授業を教えている場面が劇中何度も挿入されるが、パソコンの画面すら見せることなく、七海と相手の生徒とのやり取りを声だけで表現する構成は、まるでパソコンの人工知能と会話しているように見えてしまう。
 そんな過剰なまでに虚構めいていて受動的な七海を黒木華が自然に演じている。強烈な存在感ではなく、ただそこにいることで物語を成立させてしまう存在として、すばらしく適役だとおもう。

 結婚式での代理家族の出席についても、主体的には見えない。ただ、鉄也が漏らした見栄えが悪い、ということに反応しているだけのようだ。そんなまるで作り事めいた結婚式だけに、ともすれば過剰めいた式の演出(出し物)すらもなんとも言えない居心地の悪さを観客に与える。

 虚構の積み上げられたかのような結婚生活は、早々に発覚した夫の不倫疑惑をきっかけに崩壊する。夫の不倫相手の彼氏と今後のことについて相談するために、不用意にホテルに出かけてしまい、迫られてしまう。この危機を何でも屋の安室に助けてもらうが、その過程で観客は一連の不倫騒動が実は安室が仕掛けたものらしいという事を知る。つまりここでも虚構が重ねられている。この不倫騒動を安室がなぜ仕掛けたか、明確な回答はないものの、おそらく鉄也の母が仕掛けたのではないかと伺わせる。但し映画の中で別れさせ屋の仕業として七海に説明するのは、安室(自分で仕掛けたとは言わない)である。もはや何がどこまで仕掛けなのか観客も混乱してくる。

 ここまで安室を疑わない七海も七海のような気がするが、安室の存在も不明だ。映画の最初から最後まで、安室が何を考えているのか、どこまで本気なのか、最後の最後までよく分からない。何しろ初めて七海とあって仕事の話をするときも、自分はいくつも名前を持っています、とりあえず今回は何でも屋の安室で、と自己紹介をしている。何でも屋という仕事もそうだが、物語の節々で見せる感情の発露もどこまでは本当の安室なのかわからない。虚構の塊たるこの映画を象徴する存在を貫いている。

 そんな虚構の世界が突如壊れていく。その存在がCocco演じる真白だ。出会いの場は安室に紹介されたバイト(よりによって結婚式の代理出席の仕事だ)で、架空の家族(姉妹)を演じたのがきっかけだ。物語の中で初めてというほど、生身を感じさせる存在だ。彼女と時間を共に過ごすことによって、七海にも変化が訪れてくる。引きずられつつではあるが、自分をさらけ出すようになってくる。このキーパーソンを演じるCoccoが素晴らしい。普段を声を武器に音楽を通して生身の表現をぶつけてくるCoccoが自分の体に溢れ出る表現を閉じ込めて、刹那的に生きる真白を輝かせている。その存在が圧倒的だからこそ、虚構から抜け出そうとしはじめている七海の輝きに繋がっていく。

 物語がすすむにつれ、生身の人間と思われていた真白もまた虚構の部分を抱えていることがわかる。但し、前半部分のSNSを代表するようないわゆる現代的な「虚構」ではなくて、いい表現がみつからないけど虚構である事を自覚した上で、虚構と現実の両方に自分を確かめているというか、決して虚構に依存する存在だけではない。映画のラスト近くで真白の母と、安室、そして七海が焼酎を飲み交わす場面がある。そこで表面的にかいま見えていた真白と母の関係が、虚構ではなく肉体を伴って見えてくる。そのシーンで過剰なまでの姿をさらす安室と真白の母(母役のりりぃがまた素晴らしい)の姿は強烈だ。

 あまりに過剰な虚構の積み重ね、三時間という長さ、映画の終わりかたも含めて、苦手な人は苦手かもしれない。
 それでも岩井俊二黒木華Coccoが同じ時代にいたからこそ完成しえた、奇跡的な映画だということに個人的な確信は揺るがない。






映画公式サイト  http://rvw-bride.com/