『決壊』(☆3.0)  著者:平野啓一郎


まずはあらすじ。

2002年10月、京都を始めに全国で次々と犯行声明付きのバラバラ遺体が発見された。被害者は山口県宇部市で平凡な家庭を営む会社員沢野良介。
事件当夜、良介はエリート公務員である兄・崇と大阪で会っていたはずだったが──。〈悪魔〉とは誰か?〈離脱者〉とは何か?
止まらぬ殺人の連鎖。ついに容疑者は逮捕されるが、取り調べの最中、事件は予想外の展開を迎える。明かされる真相。東京を襲ったテロの嵐!
“決して赦されない罪”を通じて現代人の孤独な生を見つめる感動の大作。
その衝撃的結末は!? 


仕事の方も忙しいですが、なぜかそんな時に分厚い予約本ばかりが回ってきました。
その中で、予約数が多くて読み終えられなかったら・・・ということでこの本から手に取りました。
平野さんの作品はこれが初めて。まあ読むことは無いんだろうな~と思ってたのですが、例の秋葉原無差別殺傷事件との関連性で一時期話題に(出版社の宣伝もそれを意識してるところもありましたね~)なったということで、初めて挑戦でございます。

どうなんだろう。これを酷似といってもいいのかどうか、悩みます。
確かに作中に似たような環境(秋葉原では無いですが)無差別殺人は登場しますし、ネットを媒介として人の心に忍び込んでくる「悪魔」という名の悪意。
犯人が犯行予告(声明文)をネットに公開していたり、人生に絶望しての動機という部分で類似しているといえなくもないのですが、それだけをクローズアップするというのは、やっぱり小説にも失礼な気がしますね~。
ま、平野さんは事件に関するインタビューにもお答えになってるし、むしろそれを踏まえてのコメントをされてらっしゃる気がします。

作品の半分近くは登場人物の独白。それぞれの立場で語られる孤独感。それらを並列し共存させることでおこる歪み、あるいは軋みというのが全編に漂ってますね~。
実際にタイトルの『決壊』というのも、ギリギリの世界で生きている現代の人は誰しもがなんらかの切っ掛けでその心が決壊してしまう・・・という意味も込められてるらしいが、確かにメインの登場人物のほとんどが心に決壊寸前の何かを持っているように見えます。
共感できるかどうか別にしても、それらの何かが決して特別なものではないというのはなんとなく伝わってきます。
しかしながら特に上巻において、彼らの感情が錯綜しすぎて頭に入ってこない。特に被害者の兄・武のそれに関しては哲学的な要素が混在しすぎているよう思えついつい流し読み。
さらには著者の文章がそれに拍車を掛けてくれます。とにかく一人称のような三人称のようなどちらともいえない表現が続く上に、一つの段落の中で唐突にそれらが変わっていくので、読みながらイライラしてしまいました。文法的に正しいのかどうかは良く分かりませんが、これが今の文学なのかな~と別の意味で悩んでしまいました。

この前半のなんともいえない停滞感は事件が発生することによって道筋がまとまり、読みにくさもほぼ解消(全体的な哲学臭さは変わらないのですが)、一気に読みやすくなりました。ミステリではないものの、「誰が犯人なのか」という部分も最後まで読ませないという面白さもあるので、そういった視点からも吸引力があるといえるのかもしれませんが、読み終わってみると、著者の視点は「なぜ犯罪を犯してしまったのか」という加害者的な物語よりも、むしろ事件そのものの与える影響であったり、あるいは残された被害者たちの心境を抉る部分に置かれていることに気づきます。
事件が一応の解決を見た後に、被害者・加害者それぞれの残された事件の傷跡と感情、犯人が被害者に語った「幸せ」という言葉の束縛性がそれぞれ表裏一体となって、なんともいえない読後感に繋がっていくような気がします。
前半は空回り気味だったそれぞれの「言葉」も、事件というフィルタを通すことによってより重さを増していると思います。

ただラストのラストは理解に苦しむ部分もあるし、話題になったテロシーンや模倣犯的な要素が作品に与える影響が思いのほか軽かったのは、テーマからするとやや物足りないというか、記号的なものに終わってしまってるのではないかという不満も感じました。

正直前半部分を読み通すのはかなりキツかったし、テーマ的に消化不良な部分も感じなくは無いので、そういった意味ではオススメしにくい。
上巻だけでは☆2つ代かな~と思ってましたから。ただ下巻の中盤以降の展開や登場人物の主張は感じるものがありましたし、手にとっても損ではないのかなと思います。


採点  ☆3.0