『私の男』(☆4.4)  著者:桜庭一樹



まずはあらすじ。

【第138回直木賞受賞作品】
優雅だが、どこかうらぶれた男、一見、おとなしそうな若い女、アパートの押入れから漂う、罪の異臭。
家族の愛とはなにか、超えてはならない、人と獣の境はどこにあるのか?この世の裂け目に堕ちた父娘の過去に遡る―。
黒い冬の海と親子の禁忌を圧倒的な筆力で描ききった著者の真骨頂。

文藝春秋紹介より

『赤朽葉家の伝説』以来の桜庭さん。
『赤朽葉~』をあれだけ絶賛したにも関わらず、ううむ相変わらず熱しやすくさめやすい性格。
直木賞受賞ということで、回ってくるのにえらい時間がかかりましたが、やっと読みました。
こりゃヘビーな展開で^^;;;
今回は父と娘の近親相姦がテーマ(?)。しかも濁すことなく真正面から描かれているので、そういった意味では読者を選ぶかも。

多くのブロガーの方がおっしゃってるように、現代から過去へと遡る構成が秀逸。
これが普通に時間軸に沿った物語だと、普通のアブノーマルな話に終わってたかも。それが遡ることによって、二人の関係を紐解いていくというサスペンス的な要素が含まれて、平凡なものから脱出していると思います。冒頭から行間に滲み出してくる二人の絆の重さが読者の心をざわつかせます。
近親相姦というと、どうしても行為そのもののアブノーマル性が直接的な表現(セッ○ス)で描かれそうなもんですし実際描かれてもいるんですけど、むしろ印象に残るのは肉体的なものというよりも、むしろ精神的な部分なのかもしれないです。
お互いがお互いを補完しあう関係というか、なぜ二人が離れられないのか。あまりに深い闇は読者でさえも拒絶しているような感じすらする。
ほとんど無駄の無い行間が、息苦しいまでに濃密な関係を表現しきっているし、文体としては一つの完成形まで到達しているのではないだろうか。
花の一人称における「わたし」、淳悟を呼ぶときの「私の男」。「わたし」と「私」の使い分けも素晴らしい。
第1章では花の結婚式が描かれるが、結婚相手である美郎は永遠に「わたしの男」にしかなれないんだろうなと思ったり。
読み終わって感じる、あまりに矛盾めいた心の揺れと、「キタ」の海に象徴される荒涼としたモノが、薄ら寒さと背中合わせの甘美な空気を醸し出してますな。

ここまで「世界」を描かれると、ミステリ部分の脆弱さをツッコムのは野暮というもんでしょう。
なんでカメラを現像しないんだとか、押入れの死体は臭うだろとか・・・。
正直「キタ」の事件はともかく、「東京」での事件に関していえば唐突感は否めない。
あくまで二人の破滅的な絆を表現するためだけのピースの一つ程度。
そういう意味では勿体無いなと思わなくもないけれど。



採点  ☆4.4