『楽園』(☆4.0)   著者:宮部みゆき


まずはあらすじ。

模倣犯」事件から9年が経った。事件のショックから立ち直れずにいるフリーライター・前畑滋子のもとに、荻谷敏子という女性が現れる。
12歳で死んだ息子に関する、不思議な依頼だった。少年は16年前に殺された少女の遺体が発見される前に、それを絵に描いていたという―。

土井崎夫妻がなぜ、長女・茜を殺さねばならなかったのかを調べていた滋子は、夫妻が娘を殺害後、何者かによって脅迫されていたのではないか?と推理する。
さらには茜と当時付き合っていた男の存在が浮かび上がる。
新たなる拉致事件も勃発し、様々な事実がやがて一つの大きな奔流となって、物語は驚愕の結末を迎える。

yahoo紹介より

うーん、この1年間ですっかり読書ペースが乱れているのを実感する今日この頃。
いくらこの小説が上下2巻だてといえ、昔ならもっと早く読めたのに。。。

それはともかく、宮部みゆき作品を読むこと自体久しぶり。
前に読んだ『名もなき毒』から1年半ご無沙汰しておりました。

今回は新聞小説として発表された、『模倣犯』の続編小説。
いや、相変わらず面白い。決して派手さはないのだけれども、リーダビリティの素晴らしさは際立っている。
また登場人物の一人ひとりの描写の巧さも凄い。
その人が好印象なのか悪印象なのか、被害者なのか犯人なのか・・・を含めて、一人ひとりが個性をもって小説の中で生きている。
登場人物の言動に共感はできなくとも、理解はできる。捨てキャラの少なさ。
特に上巻を読んでいる時は、ほんとうに巧すぎるぐらい巧い。しかもそこに嫌味のある巧さが無いというか。。。
ああ、ほんと小説家の手本だなと。。。

特に本作品のヒロインともいうべき萩原敏子と、土井崎誠子との描き方の対比は鮮やかだ。
息子を事故で失い、その思い出を求めて事件に巻き込まれる敏子。
姉が両親に殺された事件の解決を求め、積極的にかかわってくる誠子。
序盤では控えめでともすれば自己主張の弱い敏子と、だれからも優しい人物といわれ知的な誠子。
その構図が事件の終盤からエピローグに掛けて、がらっと変わっていく。
弱い人間と思われていた敏子の芯の強さと慈愛に満ちた言動、誠子がみせる優しさの脆さ。。。
彼女たちの感情が描き出す波紋が、ともすれば現実離れしたSF的な設定にリアリティを与えていると思う。
特に敏子に関しては、クライマックスシーンのインパクトや事件解決後のマスコミ対応に見せるしたたかさも含め、非常に愛せる人物だった。
それは彼女がただ純粋に息子を思い、家族を思い、第3者を思っているからなのだろう。
自己犠牲というのではなく、あくまで純粋に思うということ。。。
彼女に愛され育った等くんが成長した姿を見たかったと思うのは僕だけではないだろう。
もしかしたら小説の最後の部分のちょっとしたサプライズは、作者の敏子に対するお礼だったのかもしれない。。。

と、ここまで誉めてきたが、この小説が傑作なのかという正直なところ賛成はしかねる。
いや、小説として素晴らしいものだと思うし、十分読むに値する価値はあるのだけれど、完成度でいえば他の代表作に比べれば落ちるのでないか。

一番違和感を感じてしまったのが、これが『模倣犯』の続編であるということ。
正確には続編ではなく、滋子が登場する別の話として捉えるのが正解なんだろうけど。。。
ただ、事件に取り組む根底には9年前のあの事件の影響を明確に提示しているからには、やはり比較してしまう。
今回の作品は家族、あるいは人をつなげるものを失う、あるいは傷ついた人たちがどう向き合うのかという部分が大きいウエイトを占めていると思う。
その中にはもちろん滋子がいる。
しかし、あの事件で傷ついたことを滋子がどう捉え、そして今回の調査と向かい合って言ったのかという部分で、あまりスタンスが変わらない印象がしてしまった。
模倣犯』を読んだのが発表当時なので、細かいところはまったく覚えてないのだから偉そうなことはいえないのだけれども、滋子の変化がもう少し感じ取れたのなら、もっともっと面白くなったのではないだろうか。

以下ネタバレ



また、きっかけとなった9年前の事件現場を描いた絵という発端が、物語が進むにつれおざなりになってしまい、リンクとしても消化不良のまま終わってしまったのが残念である。
特にほとんどのブロガーさんが指摘しているあの絵の部分が明確にされていないのはやはり引っかかった。
おそらく等が見た記憶は、シゲだろうとは思う。シゲと茜が死体を埋めた場所が、あの山荘のあった場所であるのはあの事件で見つかった死体の中に本人特定できない死体が1つあったというところから察することができるのだけれども、15年前にはあれだけの死体が山荘には埋まっていない。
あえて無理やり推察するならば、土井崎夫婦を脅迫する過程でなんどかあの山荘に足を運び、そこで死体を発見してしまったという可能性、あるいはあの事件にシゲが少しでも関わっていた・・・というところなのか・・・。

シゲと土井崎夫婦との関係でいうのなら、気になる点がもう一つ。
なぜシゲが急に誠子との結婚を迫ったのか、という理由のところでシゲの犯罪と茜殺しに両事件の時効に日時の差があり、そこをシゲがついてきたという処理になってたと思うのだけれども、ラストの部分でひき逃げした女性を埋めた茜はその日、あるいは遅くとも翌日には殺されていたことになっている。
そうなると、時効の日時はほとんど同じになると思うのだが、どうだろう。。。
時効の件に関しては、別の設定を読み落としたのだろか。。。

ネタバレ終わり



他にも同じセンテンスの中で同一人物の三人称表記が、特に理由も感じられず何パターンもあったりして、読みづらい部分があったりなど、宮部さんらしからぬところも何箇所かあった。
これは新聞連載ということで、発表当時原稿の推敲が間に合わなかった。
部分が部分だけに、出版時の加筆修正も難しかったのだろうか。。。

いろいろぐだぐだと書いてしまったけれども、十分読み応えのある小説だった。
ラスト、それまで事件で傷ついた人達を癒してきた敏子が、最後に自らが癒される。
彼女にとって、やっと楽園をつかめたのかもしれない。
そして楽園とはいったいなんなのだろう。

吉田さんの『悪人』もしかり、漢字2文字の小説はあなどれぬ(笑)



採点  ☆4.0